十人十色の「Greensleeves」

「Greensleeves」のことは一度書きたいと思っていた。今から500年近く前、16世紀より存在したと言われるいにしえのイングランド民謡。現代に至るまで、電話の保留音、アラーム、防災無線の時報などなど、とりあえず何かメロディが必要な場所があればどこにでも安易にあてがわれ、何万回となく耳に入ってくるのにその美しさは決してすり切れることがない。強度で言えば世界史上最強の旋律だと思っている。自分はこの曲が大好きなのだ。ギターを持てばとりあえず指が勝手に弾いてしまうし、カバーバージョンもたくさんパソコンに入っていて、大好きな演奏がいくつもある。まず、一番好きなものから先に紹介してしまう。


ポール・デズモンドとモダン・ジャズ・カルテット、1971年の共演ライブ盤の1曲目。夢見心地とはまさにこのこと。ジャンルとしてはもちろんジャズなのだけど、ジャズうんぬんを超越して本当に素晴らしい音楽。ポール・デズモンドのアルトサックスのリラックスしたまろやかな音色は言うまでもなく、MJQのあくまで端正な伴奏ぶり、この演奏が行われたホールの何ともいえず柔らかい残響音まで含めて、隅々まで完璧な音世界だと思う。何度流しても、聴くたびにうっとりと浸ってしまう。「Greensleeves」の美しさを余すところなく表現しきった、自分の中ではダントツで一番の演奏。71年12月25日の演奏ということで、偶然にも今年のクリスマスがちょうど50周年!
次は、つい最近知った、ニール・ヤングによるギター弾き語りの「Greensleeves」。

ニール・ヤングがこの曲をやるなんてかなり意外な感じだけど、これもまた良い。夢見心地のポール・デズモンド版とは一転して、痛切さがひしひしと伝わる。メロディが賛美歌に転用されてクリスマスキャロルのひとつにもなった「Greensleeves」、元々の形は「あなたは私の愛を無情にも捨て去ってしまった」という悲しい失恋の歌なのだ。

Alas, my love, you do me wrong,
To cast me off discourteously.
For I have loved you so long,
Delighting in your company.
Greensleeves was all my joy
Greensleeves was my delight,
Greensleeves was my heart of gold,
And who but my lady greensleeves.

ところが、ニール・ヤング版ではあなたと私が入れ替わっていて、「僕は君にひどいことをしてしまった」という内容に改変されている。そして、今これを書いていて初めて気が付いたけど、よく見たら歌詞には「heart of gold」というフレーズが含まれているではないか。ニール・ヤングが替え歌にしたわけではなく原詞がこうなのだ。もしかすると「Greensleeves」と「Heart Of Gold」は深いところでつながっているのかもしれないし、それだからニールはこの曲を取り上げたのかもしれない。

「Greensleeves」をギターでつい弾いてしまうと先ほど書いたけど、ソロギターでの演奏もよく聴いている。特に、ジェフ・ベックの演奏は自分がギター覚えたての頃に頑張ってコピーに励んだ思い出がある。別にジェフ・ベックがやる必要もなさそうな至極ストレートな演奏だけど、憧れのギタリストの一人だったのでコピーの課題曲にしたのだ。この演奏から、たった一本のギターでも音楽は成り立つのだと教えてもらった。ジェームス・テイラーのバージョンは独立した曲としてではなく、別の曲のイントロとして短く登場する。原曲の美しさを崩さずにブルージーなフレーズをさらっと挟み込んでくる心憎い演奏で、これまたコピーを試みたことがある。ジェームス・テイラーのさりげなく格好いいフレーズを弾きこなしてしまう上手さは、是非とも真似してみたくなる感じなんだけど、本格的なクラシックギターの素養があるチャーリー・バードとなると、自分にはとても手が届かない。ただただ、うっとりと拝聴するばかり。この演奏が入った1966年の「Christmas Carols For Solo Guitar」はアルバム全編、宝石のような演奏が詰まっていて、クリスマスでなくてもしょっちゅう聴いている。是非ともCDかレコードで手に入れたい作品なのだけど、今のところおいそれとは手に入らない盤のようで、配信で聴けるのみ。




自分が親しんでいる「Greensleeves」の演奏は、いち推しのポール・デズモンドからしてそうだけどジャズ版が多い。ほかには、以下の4人のバージョンを仕事用シャッフルBGMに入れて昔から日常的に聴いている。




レイ・ブライアントの「Alone At Montreux」は前に当ブログでも記事にしたことがあって、自分にとっては特別な一枚。こういう繊細でセンチメンタルな面と、ゴスペルやブルースの陽性な力強い面を併せ持ち、温かい人柄が音ににじみ出ていて、と自分の中ではかなりビリー・プレストンと近い位置にあるピアニスト。ウェス・モンゴメリー晩年の「Road Song」は子供の頃から記憶にあるもので、たしか実家にレコードがあったのだと思う。ケニー・バレルの「Guitar Forms」は邦題の「ケニー・バレルの全貌」そのまま。ジャズ、クラシック、ブルースと引き出しを全部開けてくれた名演が揃っていて、「Greensleeves」一曲にすべてが開陳されている。ジョン・コルトレーンの「Africa/Brass」は、デヴィッド・クロスビーのいた時期のバーズが気に入ってカセットに録音し、ツアー中によく聴いていたという。同じカセットにはラヴィ・シャンカルのシタール演奏も一緒に入っていて、クロスビーから勧められたジョージに影響が波及して、という流れで英米ロック界印度化計画が進んでいったのである。

ここまでで9つの「Greensleeves」を載せた。この記事では「十人十色」ということで10組挙げようと考えていたんだけど、どうしてもこの先が思いつかない。もちろん「Greensleeves」の録音を残したミュージシャンはこの世界に何万組といるのだろうけど、自分が親しんでいるものは9つ止まりだったのだ。仕方なくSpotifyで検索してみたら、ザ・バンドのものが出てきた。


「ラスト・ワルツ」の40周年記念盤に入っている、オルガンによるシンプルな演奏。おそらく、コンサートが大団円を迎えた後、幕切れにひっそりと演奏されたのだろう。自分はよく知らない。実は、この映画、まだ見たことがないのだ。自分は今に至ってもザ・バンドに心底のめり込むところまで行けない。ロビー・ロバートソンのギターは昔から大好きだし、「Music From Big Pink」と次のセルフタイトル作、そして楽しいカバー集の「Moondog Matinee」は若い頃から普通に好きでよく聴いていたけど、それでもザ・バンドの世界に全身どっぷりと入り込めたことはない。どこかで押しとどめられる感じがするのだ。自分はディランの大ファン、ジョージの大大ファンなのに、ザ・バンドがきっちり理解できないなんて、あまり大きな声では言いたくない。ザ・バンドに関しては少しコンプレックスすらある。何か自分の成熟の限界を見せられているような……まあ、人間には向き不向きがあるのだ。わからないのにわかったふりをして恥をかくよりはましじゃないか。5世紀にわたって歌い継がれてきた、時代もジャンルも吹っ飛ばす「Greensleeves」の強靱なメロディを前にすれば、そんなコンプレックスなどちっぽけなことだろう。こういう美しい歌がたくさん歌われるから、自分はクリスマスが好きなのだ。音楽の力を称えよ。メリークリスマス。

タイトルとURLをコピーしました