1993年の隠れた名演ソロピアノライブ:Ray Bryant「Somewhere In France」

レイ・ブライアント一世一代の大舞台、1972年モントルー・ジャズ・フェスティバルでの名演を収めた「Alone At Montreux」は自分にとって特別な作品で、前に当ブログで紹介したことがある。そんなに大好きな割には、去年までレイ・ブライアントのソロピアノのライブ盤はこれしか知らなかった。きっと同趣向のものがいくらでも出ているはず。色々と聴いてみようじゃないかと去年になって思い立ち、その頃は日常的に活用していたSpotifyで探してみたことがある。ところが、意外と見つからなかった。「Alone At Montreux」の続編として、5年後の1977年に同じモントルーでの演奏を収めた「Montreux ’77」も当時リリースされているのに、配信には載っていない。やはり1972年モントルーが決定的名演すぎて、ほかの演奏は影が薄くなってしまうのだろうか。かろうじて、フランスのどこか、なんて何だか適当な感じのタイトルが付いた「Somewhere In France」という作品をアルバムリストから見つけ出して、流してみた。あの1972年の名演から21年経った、1993年のレイ・ブライアントである。


1曲目の「Take The “A” Train」に、のっけからガツンとぶっ飛ばされる。これはすごい。イントロの鮮烈なアタックにいきなり耳をわしづかみにされるし、ぐいぐいと押しまくる力強いブギウギのリズムに否が応でも心が躍る。「Alone At Montreux」の最終曲「Liebestraum Boogie」と比べても遜色のないドライブ感。前へ前へと大地をがっしりつかんで疾走していく、まさに列車のような演奏を終えて客席からは大きな拍手と歓声。「『A列車で行こう』でした。まあ今のは『A列車で行こうブギ』ですね、左手のリズムがブギウギだから」といった気さくな語り口の曲紹介が入る。モントルーで長年聴き慣れてきた、あのいかにも人の良さそうなしゃべりもそのまま。93年になってもレイ・ブライアントはまったく変わっていないようだ。続いて「Alone At Montreux」にも入っていた「Blues in G (#3と同じ曲)/Willow Weep for Me」を弾き始め、ライブはどんどん進んでいく。どの曲でも演奏は絶好調、艶やかに輝くピアノの音色も気持ちいいし、観客の反応も良い。最高のライブ盤ではないか。2000年にアメリカで発表されていたようだけど、こんなに素晴らしいアルバムがあったなんて全然知らなかった。

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全13曲中、「Alone At Montreux」に入っていない曲は9つあり、曲目も素晴らしい。「Con Alma」も「Django」も60年代のトリオ演奏で聴き親しんでいたけど、ソロピアノのアレンジで聴くのはこのアルバムが初めてで、ぐっと引き込まれてしまう。いずれも、美しい楽曲を隅々まで丁寧に表現した、とても心のこもった演奏である。こういった曲ではアドリブの要素が最小限に抑えられていて、「Con Alma」なんて60年代のアルバムで聴けるものとほとんど同じフレーズを終始演奏しているところも、自分には興味深い。ジャズピアニストとしてのエゴを主張するよりも、楽曲自体の美しさを大切に伝えようとする姿勢が強く感じられて、こういうところも自分が長年レイ・ブライアントを好きでいる理由なんだなあ、と気づかされる。



このアルバム、「Label M」とか「Hyena」とかいったよく知らないレーベルから出ていて、日本盤は出ていないようだ。ネットを検索しても情報があまり出てこない。内容の素晴らしさは自分が全力で保証するけど、知名度の面ではかなりマイナーな作品らしい。結局、自分はAmazonでCDを買った(だからSpotifyをやめても聴けるので、よかった)。CDに付いているライナーノーツは、プロデューサーのJoel Dornという人物が書いている。読むと、同氏は「Alone At Montreux」を72年にプロデュースした当人であることが分かった。なるほど、「Somewhere In France」は同じ人物が制作していたのだ。ライナーでは本作の制作裏話が明かされていて、面白かった。このアルバムの制作に使われたマスターテープは、レイ・ブライアントが持っていた1.98ドル(200~250円)のカセットテープなのだという。レイが「フランスのどこか」(タイトルの由来)で公演をした際に当地の音響マンから手土産に渡されたもので、長年にわたる演奏活動で同じように音響スタッフがくれたカセットは何百本もあったらしい。その大量のカセットをレイはビニール袋に入れて戸棚の引き出しに突っ込んだまま、一度も聴かずにいた。その死蔵テープの存在を知ったJoel Dornが、そんなものを袋にしまい込んでいるなんてもったいない、頼むから聴いてみてくれないか、とうるさく懇願するので仕方なくテープをかけてみたら、入っていた音楽のあまりの素晴らしさに演奏した当人が耳を疑ったのだそうだ。レイ・ブライアント夫妻が特に気に入ったテープだけでも40本ほどあったらしく、そのどれもが本作と同じぐらいの素晴らしさだったという(それならもっともっと出してくれ!)。そんな安物カセットがソースとは思えないぐらい、音質はクリアで生々しく、聴き応え十分である。

正式なレコーディングの予定があろうとなかろうと、レイ・ブライアントのような名人が良いコンディションで演奏をすれば素晴らしい音楽が生まれ、録音されなければその場限りで消えていく。そんな様子を日々目の当たりにしているライブの音響スタッフは、今まさに目の前で繰り広げられている名演をどうにか後世に伝えられないものか、という思いで音響システムを流れ去ろうとする音楽をカセットに写し取り、演奏した当人に託したのだろう。そのレイ・ブライアントもすでに他界してしまったけど(2011年没)、そのときのカセットは上記の幸運ないきさつがあったおかげで引き出しのビニール袋から救い出され、1枚のCD作品として日の目を見て、演奏から30年近く経ってようやく自分の耳にも届き、自分はこの音楽を死ぬまで何度でも繰り返し楽しむことができる。現在のところはネット配信にも載っているので、あまり広くは知られていないようだけど、93年に「フランスのどこか」で繰り広げられた名演を世界中の誰もが簡単に聴くことができる。何と有り難いことだろう。一番の功労者はもちろんプロデューサーのJoel Dorn氏である。2000年に本作の初版を出した「Label M」というレーベルも、調べてみれば同氏が設立したものだった。



「Alone At Montreux」と重複する曲目は「Blues in G/Willow Weep for Me」「After Hours」「Slow Freight」「Until It’s Time for You to Go」の4曲。本作の最終曲「Until It’s Time for You to Go」のオリジナルを作曲したのは、カナダのシンガーソングライター、バフィー・セント=メリー。モントルーではアンコールの前に一旦の締めとして演奏されて、何百回、何千回と愛聴してきた曲だけど、実はオリジナルのことを自分は今の今まで知らなかった。バフィー・セント=メリーは、こないだ当ブログに訳詞を載せた「Universal Soldier」の作者なのである。かなり意外な取り合わせでびっくりした。レイ・ブライアントの音楽性は本当に幅広い。

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