Awaiting On You All

今週はジョージ週間なのでジョージのことを多めに考えている。あさってが命日。

人間が集団になると派閥に分かれるものだけど自分はそれが本当に嫌いで。同じ対象が好きなファン同士で派閥争いやらマウンティングやらしているのを目にすると、気持ちがさーっと引いてしまう。そんなことなら他人は視界に入ってきてほしくない。自分にとって音楽は基本ひとりの世界で楽しむもの。では全ジ連は何なのかというと、派閥や集団というよりはジョージファンとしての自身の定義だと思っていて、それでこのブログでもひとり全ジ連記事を書いている。そもそも派閥に分かれるほどおいそれとは見つからないのがジョージファン。

Twitterで全ジ連をはじめに提唱されたのは、たしか4歳の頃に「ヘルプ!4人はアイドル」のビデオを見て、4人のアイドルの中でもジョージに惹かれてしまい、今に至るまでジョージ一筋という方。来日のときは全公演観たそうだし、亡くなった翌年のコンサート・フォー・ジョージもロンドンまで観に行ったとのこと、その他諸々の話を聞けば聞くほどに自分は到底かなわないと思う。コンサートに何回行ったとか、何円つぎ込んだとか、円盤を何枚持っているとか、そういう数字に自分は関心がない。たとえ一枚しかアルバムを持っていないとしても、そのアルバムを深く深く愛しているのなら本物。自分がかなわないと思ったのはそのジョージに対する一途な気持ちの深さと強さ。

では自分はどうなのかと来し方を振り返ってみると、ジョージはいつも自分のそばにいて、そこかしこで決定的な影響を及ぼしていたことに改めて気づいた。あまり楽しくなかった10代の頃は、ジョージのある発言が自分の大事な指針になった。ギターと音楽が支えだった当時、もちろんジョージはギター弾きとして大きな目標のひとつだった。ジョージのフレーズやコードをどうやって弾くのか、ひとつひとつ解明しては大きな喜びを得ていた(これは今でもそう)。30代から40代にかけて、さまざまな成り行きが積み重なってインドで暮らしていた。ジョージやビートルズの足跡を追ったわけでは全然なかったけど、ジョージとインドの深い関わりは言うまでもない。インド生活の中で、かつてジョージが訪れた場所を自分もたびたび訪れ、ジョージが愛した音楽を自分も当地でたくさん体験していた。後から振り返って、来し方のここにもあそこにもジョージがいた、と気づくのである。自分はこれからもジョージを道しるべに生きたい。だから一生全ジ連。常時ハリスン。

まあごちゃごちゃ書いたけど、先日の宣言で述べたようにジョージっていいな、と思う方なら誰でも全ジ連だし、SNSやってる方は #全ジ連 タグ付けてジョージ愛をぶちまけたらいいと思うのです。ジョージ好きに悪人はいない。全ジ連 is awaiting on you all。

文字ばかりで殺風景なので、おまけ。
20170304_170556.jpg

昨年3月、TFC東京公演を観に行く前に渋谷に寄って本秀康さんのオール・シングス・ジャケット・コレクション展を見た。言うまでもなく、この方のジョージへの思いは本物中の本物。コレクションの数量も凄いだろうけど、何よりも書かれたものを読めば明らか。

タイトルとURLをコピーしました