Black Out Tuesday

ジョージ(・ハリスン、元ビートルズ)の公式Instagramアカウント、今日は「Black Out Tuesday」という呼びかけをしている。ジョージ・フロイド氏の死によってこの非常時にまたしても露呈してしまった、黒人差別の実態に抗議するための音楽業界ストに賛同する投稿。過去に何度も見てきた「Black lives matter」というスローガンをまた目にすることになってしまった。本当に悲しいこと。それなのに、その投稿に「All lives matter」なんてコメントを入れる人が後を絶たない。どういうことだろうと思う。差別は明らかに起きているから声を上げているのに、それを打ち消すような声を出す。あからさまな人種差別の場面を目にしながら、差別などないと目をつぶってしまう。ニューヨークでは、普段から貧しくて不健康な暮らしを続けざるを得ず、医療も高額でろくに受けられない黒人や中南米移民の層が新型コロナに感染すると重症化しやすく、亡くなる比率が高いという記事を前に読んだ。ステイホームと言われても、在宅勤務ができない現場仕事をしている人の比率も高いはず。全米で激化している抗議運動は、警官の暴力だけでなく、そうしたあらゆる不平等への不満が一気に爆発している面もあるのだろう。

かつて自分が暮らし、ジョージもたびたび訪れていたムンバイに目を向ければ、ロックダウンが長期化する中で、ステイするホームがある中流以上の層はまだいいが、過密のスラム街で暮らす貧困層に感染が広がり、さらに外出禁止で職を失って蓄えもなく食い詰めてしまった地方出身の労働者たちが、交通手段も止まって使えないために、徒歩で何日もかけて遠く離れた故郷に戻るという恐ろしい事態になっていた。歩きの旅に疲れ果てて線路の上で眠っていた人々が、来ないだろうと思っていた列車にひかれて多数亡くなるといった悲惨なニュースも後を絶たず、自分はそんな信じがたい状況をただ部屋の中で呆然と眺めることしかできない。ムンバイの日常生活は低賃金の労働者たちで成り立っていて、自分も色々お世話になった地方出身の人々の顔が浮かんでくる。あの人たちは今どうしてるのだろうと思うが、何もできない。あまりにも無力。彼らも自分も、同じ人間。言うまでもなく。日本で暮らす日本人の自分は、人種や出身のために差別されることはなく、とりあえず衣食住も足りている。こんな日本人に生まれたのも、アメリカで差別される黒人に生まれたのも、ムンバイのスラムに生まれたのも、本人が選んだことではない。前世で積んだカルマのせい?自分はそんなことは信じない。どうしてこんなに違うことになってしまうのか。そこに少しでも胸が痛めば、暴力的な差別の実態に抗議する投稿に対して、「All lives matter」なんて言葉は少なくとも出てこないはずなのだ。All lives matter indeed, but black lives do matter.

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