Bob Dylan「Moonlight」:ディランがジョージの月の光に捧げた曲

昨晩、レコード・コレクターズ増刊「オール・シングス・アバウト・ジョージ・ハリスン」をパラパラとめくっていて、ニール・イネスによる「友人を失うということ」という寄稿文を改めて読み返した。この本は、2001年11月末にジョージが亡くなってから、年が明けた2002年3月に出たものである。出版当時は遺作の「Brainwashed」もまだリリースされておらず、訃報があってから日が浅かった時期。イネスの文章も題名から伺えるように、ジョージとの早すぎたお別れへのショックが色濃い。ニール・イネスといえば、自分にとってはとにかく何を置いても、ラトルズのジョン役、ナスティである。ラトルズのアルバム、正確に言えば1990年にオリジナルLP未収録曲を含めて出た20曲入りCDの音楽を、自分は何百回、いや何千回繰り返して聴いたことだろう。あれは一回聴いて笑っておしまい、という代物ではない。自分はラトルズを聴いてゲラゲラ笑ったことは一度もないと思う(もちろん、映画は最高に笑えるけど)。ただただ、ビートルズ愛に充ち満ちた最高のトリビュートとして、単なるパロディを超えてしまったポップなギターロックの傑作として、ニール・イネスが作り上げたラトルズの曲群を聴いてきた。そのラトルズの一番の理解者、支援者にして映画へのゲスト出演も果たしていた元ビートルが、ジョージだった。

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Far East Men

この追悼文に、ボブ・ディランの「Moonlight」が出てくる。ジョージが亡くなる少し前の2001年9月にリリースされた「Love And Theft」の収録曲で、イネスはジョージの訃報が世界を駆け巡る一週間前にこの曲を友人に初めて聴かされ、「これはジョージのための歌だ、ボブはジョージのためにこれを書いたに違いない!」と確信したのだという。今までは、ふーん、そうなのか、と何となく自分の頭の片隅に置いておいた話なのだけど、昨晩これを読み返して、この曲のどこがどういう風にジョージなのか、本当にディランはジョージのことを思って「Moonlight」を書いたのか、詳しく確かめたくなった。

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イネスの追悼文には、この曲を聴きながら「私はボブがジョージの家の庭園に座っている姿を思い浮かべようとしていた」とある。ジョージが終生愛した、あのフライアー・パークの庭園である。ムーンライト、月の光とフライアー・パークといえば、ジョージが真夜中の庭を眺めるのが好きだった、という話を思い出す。明るい昼間には色々と細かいところが見えてしまって、あれもしなければ、これもしなければ、となってしまうが、夜中に月光の下でぼんやり浮かび上がる庭の様子を眺めていると、粗探しに気を取られることなくもっと大きな観点から庭園全体を見渡すことができるから良い、という話だったと思う。「Moonlight」の歌詞には樹木や草花の名前がたびたび出てくる。そしてリフレインの歌詞は、「月明かりの中、二人きりで会おう」というもの。たしかにニール・イネスに言われてみれば、ジョージとディランが月夜に二人で連れだって真夜中のフライアー・パークを散歩しているところが思い浮かんでくる。とても素敵な光景ではないか。


この曲のWikipediaを見てみると、ジョージとのつながりがもう一つ見つかった。ホーギー・カーマイケルである。歌詞に出てくる「Doctor, laywer, Indian chief」という一節が、カーマイケルのヒット曲の題名を引用したものだという。自分はアメリカの古い音楽にまったく詳しくないので、Wikiに言われるまでそんなことは気付かない。のちにフランク・シナトラとかアメリカの古いスタンダードナンバーの数々にどっぷり浸った作品群を出すことになるディランだけど、「Moonlight」はその先駆けだったとも言える。そしてジョージは「Somewhere In England」の中で「Baltimore Oriole」「Hong Kong Blues」と、2曲もホーギー・カーマイケルの曲をカバーしている。カーマイケルの音楽にジョージは幼年期から親しんでいたという。もしかしたら、勝手な想像だけど、月明かりに照らされたジョージ宅では「Doctor, laywer, Indian chief」のレコードが流れていて、ディランはジョージと一緒にそれを聴いた思い出を綴った、なんてこともあり得なくはない。

前に「Here Comes The Moon」についての記事に書いたように、自分はジョージの音楽と人となりそのものから月の光を感じる。だから、イネスの言う通り「Moonlight」がジョージのための曲だったとしたら、自分には全面的にうなずけることだし、絶対にそうであってほしいとすら思う。この曲に関するくだりの結びに「私の考えに同意できるか、聴いて確かめて欲しい」とイネスは書いているけど、もちろん激しく同意である。「Love And Theft」は、自分が初めてディランの演奏を生で体験した2001年武道館公演と同じ年に出されたこともあって、発売当時からずっと親しみを持って愛聴してきた。そんな旧知のアルバムに入っている「Moonlight」からジョージの月の光を感じることができて、この曲が以前にも増してぐっと身近になった。ニール・イネスのおかげである。今となっては、追悼文を書いた当人までもジョージのもとに行ってしまった。ジョージへの追悼文は「彼はずっと私と一緒にいてくれるだろう」と締めくくられていて、自分もまったく同じことを思うし、そういうニール・イネスの音楽だって自分とずっと一緒にいる。

真夜中の庭園を静かに照らす月の光が、昼間には見えない本質に潜む美しさを浮かび上がらせてくれる。ジョージの音楽と同じだ。ラトルズのナスティことニール・イネスは、そのことをよく知っていたからこそ、ディランの「Moonlight」を一度聴いただけでジョージの存在を即座に察したのだろう。

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