ディランの新曲「Murder Most Foul」とバド・パウエル

本来だったら来日ライブハウスツアー真っ最中、自分も今週末に見に行けたはずのボブ・ディランが先月下旬にリリースした、17分弱にわたる新曲「Murder Most Foul」。Spotifyで何度か聴いた。


音楽的には、「底知れない奥深さをたたえたシンプルな音像」という言い方もできるし、単調極まりないと言っても全然かまわないと思う。コード進行はワンコードみたいに聞こえるスリーコード、ディランの歌はほとんど2つだけの音を抑揚なく歌う。これは朗読とも違うし、トーキングブルースでもないし、もちろんラップでもない。お経が一番近いかもしれない。それでも何だか引き込まれて聴き続けてしまう。
すでにあらゆる形での解説や訳詞がネット中に出回っているだろうから、当ブログでは詳しいことは書かないし、書けない。長すぎるだけでなく、凄すぎる曲なのである。何が凄いのかというと、歌詞(公式サイトに掲載されている)で引用されている楽曲名やアーティスト名といった音楽関係の固有名詞の数が半端ない。ビートルズの「抱きしめたい」をはじめ、フーの「トミー」、クイーンの「地獄へ道づれ」、ジャズの偉人たち、ベートーベン、いくらでも出てくる。ディランが口述で伝える自作プレイリスト状態である。Spotifyで検索してみたら案の定、実際の曲を並べたプレイリストがたくさん出てきた。以下はその一例。

アーティスト名だけが語られるものもあるし、謎のものも結構あるようだ。自分が特に気になるのが、この長い曲のラスト直前に語られるバド・パウエル。やはり今年は何かとパウエルの年である。こうやってディランの新曲にも登場してしまった。しかし、この「Play Love Me or Leave Me by the great Bud Powell」という一節が謎なのである。グレイトなバド・パウエルは「Love Me or Leave Me」という曲の録音を残していないのだから。


「Love Me or Leave Me」はニーナ・シモンの演奏が一番有名なようだけど、バド・パウエルのディスコグラフィを調べてみても、この曲が録音された記録はひとつもない。某所で知った情報では、この曲のコード進行を元にして別の題名でパウエルのオリジナル扱いになっている曲の録音は存在して、それは50年代後半の地味なほうのアルバムに収録されているのだが、ディランがそれのことを言っているとは自分にはあまり思えない。ディランはそんなマニアックな引用をするほどバド・パウエルの作品を隅々まで聴き込んでいただろうか。でもディランの自伝には、ニューヨークのクラブでセロニアス・モンク(歌詞にも出てくる)と少し言葉を交わすシーンが出てくる。もしかしてディランは、ニューヨークで実際にパウエルが「Love Me or Leave Me」を演奏するのを聴いたことがあるのかも、と少し考えてみるが、ディランが故郷ミネソタ州からニューヨークにのぼった60年代初頭、パウエルはヨーロッパで暮らしていたはず。64年に帰国してからのパウエルは、ほとんど表だった活動をせずにひっそり生涯を閉じてしまったのである。実際の演奏を聴いていた可能性はあまりなさそうだ。

「Murder Most Foul」の歌詞をもとに色々な人が作ったSpotifyプレイリストを見てみても、バド・パウエルの扱いはまちまち。先に紹介したものではニーナ・シモン版の「Love Me or Leave Me」が入っているし、「チュニジアの夜」などバド・パウエルの代表曲を入れているものもある。この部分はすっ飛ばしているのもある。いずれにしても、こんな謎の形ではあるけど、ディランがこの長大な曲のラストから2行目という位置で、「偉大なるバド・パウエル」という言葉を残したのは自分にはとても重要なこと。

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ディラン公式サイト掲載の歌詞より、最後の部分。パウエルのくだりの前、「『ダークネス』をかけてくれ、死は来るときには来る」という一節も、妙に引っかかる。

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