ボヘミアン・ラプソディを機内で観た

米国に出張に来ている(約半年ぶり8回目)。ひまなフライト中はふだんほとんど観ない映画を観る機会である。今回は「ボヘミアン・ラプソディ」をとうとう観ることができた。ロックと無縁そうな人々も巻き込んですさまじい話題になった映画、いったいどんなものなのかと思っていたが、ふつうによくできたロック映画じゃないかというのが見終わったときの感想だった。演奏シーンがえらく格好良い。小さなクラブで演奏していた前身バンドとフレディの出会いからクイーンというバンドが誕生し、成功し、名曲群が生み出されていく過程、ショービジネス界でのプレッシャー、親密なバンドならではの人間関係、色々あって崩壊寸前のバンドがふたたび団結して起死回生の大舞台、という王道の展開。クイーンの音楽が好きなロックファンとして、とても楽しむことができた。面白かった。メンバーの中では、あまり似てないジョン・ディーコン役が一番いい味を出していた。ライブシーンの迫力は、劇場で観られたらさぞかしすばらしかっただろう。でも機内の小さな画面でも十分に楽しめた。

この作品には賛否両論あるという話を聞いていたのが気になっていて、あとで賛辞以外のレビューを読んでみたりした。なるほど、とうなずけるものもあった。自分はクイーンのコアなファンとは決していえないし、同性愛者でもない。ネガティブなレビューを読んで、それぞれの「当事者」からは言いたいことがいろいろあるというのもよくわかった。映画としてストーリーを盛り上げるために実際のクイーン史にかなり脚色が加えられていて、それは観ていても話がドラマチックすぎて本当かいな、と思うところは少しあった。フレディの同性愛者としての人生も若干ネガティブに描かれていた。映画に出てくるほぼ唯一の悪役も同性愛者。このへんで納得いかないという気持ちもわかる。クイーンのコアなファンでも、性的マイノリティでもない、世間の多数派(自分を含む)に向けて作られた映画だからあんなに広く浸透したのかもしれない。ただ、この映画の言いたいことは自分にはよくわかった。異性だろうと同性だろうと、家族だろうと他人だろうと、人間同士が信頼し合って深く結び付くことはできる。本当に大切なのは心から信頼できる人間たちとの結びつきだということ。家族、バンド、友人、恋人、その関係にどんな名前が付いていようと。

フレディはインド系の家庭に生まれ、少年期をムンバイで過ごした。当地で暮らすペルシャ系のゾロアスター教徒たちはパールシーと呼ばれていた。本名はファルーク・バルサラ。自分が向こうで暮らしていた頃、パールシーの知り合いもいたし、バルサラという苗字を持つ人物の記念碑が近所にあって、おおフレディと同じだ、と思ったりした。フレディが家族のもとに恋人と挨拶に行く終盤近くのシーンで、母親がインドの甘いお菓子(ミターイー)を食べさせたり、フレディのことを「ベーター」と呼んだりしていた。ベーターは当地の言葉で息子という意味。やっぱりインド人だったんだなあ、とリアリティを感じた。あのシーンも賛否ありそうだけど、自分はインド寄りの心情を持っているので、ああいう展開があってよかったと素直に思う。

自分が映画に引き込まれたのはフレディの感情の動きが印象的に描かれていたから。観る側もしっかりフレディの気持ちに同調できる。喜び、悲しみ、傷つき、成り上がって傲慢になり、満たされない孤独に絶望し、最高のバンドと観客に囲まれて自信に満たされ。自分が高校生時代、クイーンの曲としての「ボヘミアン・ラプソディ」をはじめて聴いたときにあれだけノックアウトされたのも、まず冒頭のピアノバラード部分での深い悲しみが心に強く迫ったからこそだった。あそこで泣きそうになったから、その後のめくるめく展開に持って行かれたのである。ピアノに向かって作曲するシーンで、愛する母に殺人を告白して「体中が痛む」「僕は死にたくない」とうめく部分を歌うフレディの苦しそうな表情が心に残った。悲しみと喜びは表裏一体。暗闇が深いほど、輝きはまばゆいものになる。結局この映画に描かれていることはすでに「ボヘミアン・ラプソディ」という一曲ですべて言い表されていたのだと自分は思った。

それにしても、映画というメディアの世間に対する影響力は強いなとあらためて。自分は決して映画ファンではない。映画を観るのは得意ではない。文化芸術に興味がある人々はたいてい映画にも造詣が深くて、そちら方面の話を始められると自分は入っていけなくなる。自分が本当に興味があるのは音楽だけ。あの映画がそんなに世間に浸透したのなら、もっとロックファンも増えて当然だと思うけど、たぶんそうはならない。クイーンの作品は売り上げを伸ばしても、そこから広がってはいかないだろう。音楽に持ち得ない影響力を映画が持っているのはちょっと悔しい。ビートルズは音楽だけの力であそこまで大きく世界を動かした。あらためて、ビートルズすごい(それが結論なのか)。

機内ではほとんど睡眠が取れず。年々しんどくなる飛行機旅。

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