バド・パウエルの最初と最後、「'Round Midnight」と「Award at Birdland, 64」

バド・パウエルは自分が20代の頃に特に思い入れを持って聴いていたけど、当時CD化されていた普通に有名な作品群を聴いただけ。自分の中でバド・パウエルが20年以上ぶりに大きく再浮上してきた今、Spotifyをざっと見てみると、知らない作品がけっこう多い。50年代中期以降の地味そうなアルバムとか、全然知らなかった。20代の頃と違い、今ではもう座したままネットであらゆる音源にアクセスできてしまう。こうなったらSpotifyやYoutubeの助けを借りて、40年代から60年代までの全キャリアを網羅していこうともくろんでいる。昨日はこのちょうど20年にわたるキャリアの最初と最後の録音を聴いた。

ディスコグラフィを調べると、初録音は1944年、20歳の頃。トランペット奏者Cootie Williamsのバンドに参加して、伴奏者としてピアノを弾いている。もちろん駆け出しの頃からあんな炎や煙の出るような演奏はしていなくて、短いソロを弾かせてもらう程度で、おとなしく伴奏をしている。だが、自分が驚いたのは、あのセロニアス・モンクの代表曲「’Round Midnight」の史上初録音がこのバンドの演奏だったこと。


初録音にバド・パウエルが関わっていたことも知らなかったし、親友のモンクが作曲したこの未知の名曲を録音するようにバンドリーダーに提案したのも、駆け出しのパウエルだったという。ピアノは後ろの方で小さく装飾を付けているのが聞こえる程度だけど、この曲が世に出るために大きな役割を果たしたのがバド・パウエルだったと、昨日初めて知った。キャリアの最初期、20歳の頃からパウエルとモンクの友情はここまで固かったのだ。

この初録音から一気に20年飛んで、64年10月1日に録音されたというバードランドでのライブ演奏も昨日聴いた。ディスコグラフィにはっきりした曲目と日付が載っている中では、生涯最後期の録音。先日記事にした「The Return Of Bud Powell」の録音と同じベース・ドラムと組んだトリオ編成。あのアルバムでは曲によって足並みがまったく揃ってなかったバド・パウエル・トリオ、ライブでは一体どんなだったんだろう、と確かめてみたかったのだ。状態の良くない非公式録音のようで、曲によってはテープのピッチがふらふら揺れて酔いそうになる。ピアノ自体のチューニングも悪くて、トイピアノみたいに聞こえるほど。しかし、この64年バド・パウエル・トリオの最後の演奏、素晴らしかったのである。


最初は演奏前にあったらしき授賞式の模様から始まる。ジャケット写真には賞をもらって拍手を受け、はにかんだような表情のパウエルが写っている。こうやって古巣のニューヨークで尊敬と温かい拍手を受けつつ、キャリアを細く長く続けていければよかったのに、と思わずにいられない。この日は9月18日の「The Return Of~」の録音から2週間ほど後。あのアルバムではずいぶん弱々しく聞こえた演奏ぶりだったのに、この日のピアノは自信に満ちていて力強い。もしかしたら、「復活」アルバムの録音時のパウエルは久々のニューヨークでの公式録音に緊張していたのかもしれない。新しいリズム隊と何度か演奏を重ねて多少は足並みが揃うようになってきたのかもしれない。とにかくこの日の演奏は心地よく身を任せながら聴けるのである。音質の悪さが細かい欠点を目立たなくしている面もあるのかもしれないけど、古巣のバードランドで温かく迎えられた嬉しさも、きっと演奏にたっぷりと出ているはず。

63年にパリで公式録音された、自分が昔から好きな「Like Someone In Love」を64年のバードランドでも演奏していて、63年と同じぐらいくつろぎに満ちた雰囲気を、同じぐらいの量のミスタッチも混ざりつつ、力強いトーンで表現している。あのテンパス・フュージットと同じ「Jazz Giant」に収録されていて何千回と聴いた「All God’s Chillun Got Rhythm(神の子は皆踊る)」をソロで弾いた演奏も入っていて、これもぐっと来る。「バードランドの子守歌」も当然のようにやっている。このライブがちゃんとした公式アルバムとして残っていたら、きっと繰り返し聴く愛聴盤になっただろうと思うと、すごく惜しい気がする。最晩年のヨレヨレなパウエルの、楽器も録音機材もひどい非公式録音。それでもこんなにいい雰囲気のライブ盤として楽しめてしまうのだから、やはり音楽は不思議。

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