「Blackstar」について、もう少し

今日がボウイの命日。「Blackstar」について、前の記事に書いた以上のことは自分の現状では書けないけど、3年前の今日、あれをボウイの「遺作」としてでなく普通に「新作」として聴けた時間が少しでもあったことはとても幸運だったと思っている。10分という長さを全然感じさせないタイトル曲の異様な緊張感、ボウイの歌の表現力は衰えるどころかますます凄みを増しているとしか思えなかったし、バックの演奏、とくにドラムのサウンドは最近の音楽に疎い自分がそれまで聴いたことのなかった新しさを感じた。


その日のうちに「新作」が衝撃的な「遺作」となり、自分の中ではあの音楽がそこで凍結されてしまったのだけど、新作として聴いていたあの日、ボウイ自身の「死」はまったく感じなかった。鮮烈に今を生きていた命がたしかにそこにあった。2013年の前作「The Next Day」もすばらしかった。事前のアナウンスや情報が一切なく、出るなんて思いもよらなかった10年ぶりの復活作。ボウイの名作群のひとつとして、5年以上経った今でも繰り返し楽しんで聴ける。しかしあの作品は否定という形にせよ「過去」に目を向けたものだったと思う。「Blackstar」は「今ここにいる」ボウイを強烈に刻みつけた作品だった。

やはり、3年経ってもまだボウイの死が自分の中で腑に落ちていないのだろう。訃報が届くまで、遺作ではなく新作として「Blackstar」を聴いていた自分の感覚を信じるならば、あのアルバムで聴けるボウイの声、あの表現力の凄みは、ほかのどの作品でも聴けないものだった。ボウイが命がけで残した最後の歌声、せっかくリアルタイムで出会えたのだから、これから時間をかけて聴き込んでいこう。3年前の今日、「新作」として聴いていたときの感覚をなるべく思い出しながら。

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