「Dear Landlord」の謎のコードを解明してみた

本来なら東京でディランのライブを観ていたはずの日曜夜、ふつうに自部屋で夜中まで仕事をして、寝る前の休む時間にはディランのレコードをかけた。別にライブが観られなかった悔しさを紛らわしたいというわけでもなく、普段からよくかける「John Wesley Harding」のレコードをかけただけだが、今回はB面からかけた。B面1曲目の「Dear Landlord」は昔から何千回と聴いてきた大好きな曲だが、音楽的に引っかかるよくわからない場所がひとつあって、ライブを観るはずだった夜に、その長年の謎を解明しようと思い立ったのだ。このアルバムについては、当ブログの立ち上げ当初にも一度記事にしたことがある

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二人のインド人バウル歌手と並んで、いい笑顔のディラン

ディランの曲のコード進行なんてGoogle検索すればいくらでも出てくるだろうが、こういうのを自分の耳でああでもないこうでもないと解明するのが昔から好き。「Dear Landlord」はディランにしては珍しく、色々と意外な方向にコードが転がっていく曲。ディランがギターでなくピアノを弾いていて、ギターの手癖が出ないのが関係しているのかもしれない。出だしでCからいきなりE7に行くのも変わっているが、「When that steamboat whistle blows」以降のBメロはもっと予期しない方向に展開していく。それでも出自がフォークのディランはテンションコードとか難しいものは使わないので、メジャー、マイナー、セブンスで追っていくことはできる。最初に書いたどうしてもわからない箇所は、「And I do hope you receive it well」の「well」のところ(以下のサンプルでは「And anyone can fill his life up with things」の「things」)。ピアノを聴くとコードはBbなのだが、ベースがどうも変なところを弾いている。何回聴き直しても、ピアノコードのルートより半音高いBを出しているとしか思えない。


ベースがルートを外すこと自体はもちろんよくあって、ポールやブライアン・ウィルソンもよくやるし、先日書いたニルヴァーナだって、クリス・ノヴォセリックのベースはルート以外の音を非常にうまく使っていて、ギターとハーモニーをなすベースラインが色々な曲で音楽的な要になっていた。「John Wesley Harding」もニルヴァーナと同じくギター(ピアノ)/ヴォーカル、ベース、ドラムのトリオ編成がアルバム全体の基本。音のすき間が多いシンプルなトリオだからこそ、ベースの音楽的な役割はとても大きい。それにしても、ルートを外すとは言っても普通は3度とか5度とか7度とか、コードの構成音内でのことで、ルートの半音上なんて聞いたこともなくて、不協和音もいいところである。同曲のジョー・コッカーによるカバーや、ディラン自身による90年代のライブ音源を聴いてみたけど、やはりその箇所でベースはBbを弾いている。ここでBはどう考えてもおかしいのだ。だから長年自分の耳に引っかかっていたこともよくわかった。しかし、不協和音ではあるけど、「Dear Landlord」の一番のハイライトはやっぱりここなのである。はっきり言ってオリジナル版のベースは音を取り間違えてるとしか思えないのに、「正しい」音を弾いている演奏では少し物足りなさを感じてしまう。

もう少し考えてみた。音楽的にはどう考えてもミスなのに、そのまま曲として成立してしまっていて、一番印象的なポイントにさえなっている。ポールはよく、作曲やリハーサルの過程で間違えて演奏したところが面白かったからそのまま採用したんだ、という話をする。「Dear Landlord」でもそのマジックが起こっているようなのだが、コード進行的にどうなっているのか、やっぱり気になる。そこで、コードをBbと解釈せず、構成音のよく似た平行調マイナーのGmとしたらどうなのか、と考えてみた。最近呼び方を覚えた、代理コードというやつである。その場合、ベースの弾いていたBはGに対して長3度。ああ、マイナーコードにメジャーの音をぶつけた、一種のジミヘンコードとも解釈できるのか、と気付いた。先日のニルヴァーナやレッド・ガーランドの記事でも触れた、メジャーともマイナーともつかない、ぐしゃっとした不協和音コード。ちょっとこじつけ気味の解釈ではあるが、「Dear Landlord」の長年の謎は、ピアノが短3度、ベースが長3度を弾いている変形ジミヘンコード、ということで昨晩はとりあえず決着がついた(自分内では)。

自分は大所帯バンドやオーケストラよりも、少人数で演奏されるシンプルな音楽が好き。「John Wesley Harding」の基本はギター・ベース・ドラムのトリオ編成(曲によってピート・ドレイクのスティールギターが加わる)。腕利きのリードギタリストを迎えることが多いディランだが、このアルバムはシンプルなコード弾きギター1本だけで、音は本当にスカスカ。あまりにも薄くて地味なサウンドだけど、聴き込むほど面白さが増していく。この危うく不思議な音楽は、すき間が多いトリオ編成の自由さがあってこそ成立するのだろう。

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