東京の地下

こないだ、とある日本語ラップの曲が耳に入ってきて、しばらく耳を傾けていた。東京の日常風景の描写、電車や駅のSEなどが入り、普段着の東京暮らしが語られる。締めの言葉は、「僕はこの街を愛してる」。東京、愛してるのか。ちょっと複雑な気分になった。自分には口が裂けても言えないセリフだと思った。たとえラップでも、言えない。

海外暮らしをしていた時期、たまに一時帰国して訪れる東京は、楽しかった。自分の育った場所でありながら、離れて久しい日本の都会。半分は外国人旅行者のような目線で東京を眺めた。新宿のような人混みを歩いていても、自分はその一部ではなく、透明なカプセルに包まれながら歩いているように感じられて、ふわふわした非現実的な気分を楽しんだ。完全帰国して今年で5年。半外国人の透明なカプセルは、徐々に消えていった。今は東京から離れた土地で暮らしているけど、日本人モードに戻った自分の中に、現実の東京も戻ってきた。

普段は心の底に沈殿していて、あまり浮上してこないものがある。ふとしたきっかけで心に渦が巻き起こって、沈殿物が舞い上がり、目の前を灰色に染めてしまう。心の底の沈殿物なんてもう見たくないのに。今月初め、そんな気持ちでTFCライブのために上京していた。高速バスが遅れて、新宿までは走ったりトイレを我慢したり大慌てだったが、開演にギリギリ間に合う時間の電車に乗れた。新宿から内側の東京でひとり電車に揺られていると、楽しいライブ前なのにどんどん気分が沈んでいく。今日は、こんなところにほんとは来たくなかった。シートはたくさん空いているのにドア際に立って、窓の外を流れる渋谷や恵比寿の景色をじっと見ていた。ふと、ヒンディー語が聞こえてきた。向こう側に座るインド人がケータイで話していた。そうか、ここはインドか。自分が乗ってるのは埼京線じゃなくてデリーのメトロなんだ。そう思うことにした。半東京、半デリーぐらいの気持ちになった。乗っている電車は地下に入っていき、りんかい線になった。りんかい線なんて、知らない。品川シーサイドとか、東京テレポートとか、何なのよ。

そんな感じなので、東京を愛しているなんて不意に言われると、自分の心はさっと冷え込んでしまうのだが、サニーデイ・サービスのアルバム「東京」は大好きだった。曽我部恵一は東京出身ではないけど、彼の目線で歌われる東京は、自分にすっと入ってきた。「恋におちたら」の「住みたくなるような街へ出てみるんだ」というフレーズが95年当時の自分にはとても近しく感じた。ちょうど、新宿近辺の実家を出て、自分の生活を始めようという時期だった。自分の「住みたくなるような街」は、実家からどんどん離れていった。「はねを広げた空を切りとるような雲ひとつ ゆっくりと流れて心を切り刻む」という歌詞もすごく心に引っかかる。この歌詞の意味、いまここで取り上げるまで実感としてはあまり理解できなかったが、よく考えたらわかった。青空をゆっくり流れる雲ぐらい何気ないものに、心を切り刻まれることだって実際ある。こうやって、東京の空と、心の痛みをはっきりと歌っているのだ。東京にも空はある。

地下鉄を降りてダイバーシティ東京とかいうショッピングモール内のライブ会場に急いだ。建物に入ったはいいが、会場は一番向こう、細長いモールの端から端まで小走りで通り抜けることになった。お洒落な店が並ぶショッピングモール、フードコートでディナー中の東京ピープル。あまりライブの前に見たい光景ではなかった。会場にたどり着いてすぐ、曽我部恵一が登場して、歌い始めたのがその「恋におちたら」。いきなり全俺が泣いた。あとは、先日のTFCライブレポートに続く。

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