過去も現在も時間はすべて並列

このブログではよく自分の中高生時代のことを書くが、べつに過去を懐かしんだり、現在に背を向けて過去に逃げ込んだりしているわけではない。ただ記憶にあることを書いているだけ。何なら小学生時代のことだって書ける。10歳になったかならないかの頃、はじめてヘッドホンでYMOの「ファイヤークラッカー」を聴いたとき、なぜステレオのスピーカーは2個あるのか、その意味を強烈に悟った。生まれてはじめての立体音響体験。主旋律を奏でるシンセが左右のスピーカーを離れて頭の真ん中に定位し、頭の左右では細かい音の粒が代わる代わるピコピコと飛び交う。まるで宇宙空間にいきなり放り出されたかのようだった。そんなこともまざまざと覚えている。これはすべて自分の脳内にあることであって、いつでも書き出すことができる。今日のこと、現在のトピックしか書けなかったら困ってしまう。自分がこれまで過ごしてきた時間は自分内ですべて並列。音楽だって同じ。自分はビートルズを中心とした60年代の音楽が子供の頃から死ぬほど好きだった。「古い」音楽だなんて一度たりとも思ったことはない。ただただ「良い」音楽、それだけ。音質が悪いと思ったこともない。さすがに戦前の音楽とかはもう少し音質が良ければと思うけど、50年代以降、アメリカでハイファイ録音技術が確立してからの音楽は聴くのにまったく支障はない。ロックのドラムサウンドなんて60年代の音質が最高だと思う。90年代になると60年代回帰の動きが出て生っぽい躍動的なドラムサウンドが復権してきて、エフェクト過多なサウンドに辟易していた自分は胸のすく思いだった。

ディランの自伝(読み終えた、とても良かった)で、60年代初頭のデビュー前のことを書いた章を読むと、同時代のニューヨークで活躍していたジャズレジェンドの演奏を普通に観に行ったりしていて、セロニアス・モンクとちょっとした会話を交わしたシーンまで出てきて目をむいてしまう。クラブでひとりピアノを弾いていたモンクにディランが話しかけ、僕はフォークを演奏してるんです、と自己紹介すると、モンクが「俺たちは皆フォークミュージックを演奏しているんだ」と答えたというのだ。当時ニューヨークで若きディランとモンクが会っていたなんて、熱すぎる(創作かもしれないけど)。一方で当時流行のポップ音楽にはほとんど同調できなかったようだ。ディランにとってリアルだったのは何十年前、ひょっとすると何百年も前に作られたフォークやトラディショナル。最も熱いトピックは最新ニュースではなく、先人が作った歌に出てくるいにしえの事件や出来事。ディランも物事を新しい/古いで判断する人ではまったくなかった。自分にとってリアルかどうか、それだけ。心から同意してしまった。自分にとって間違いなく一番リアルな音楽は、そのディランやビートルズ、その他きら星のような60年代ヒット曲(ハル・ブレインをはじめとする凄腕の裏方たちが支えていた)。これはおっさん趣味ではない。だってそもそも自分が生まれる前の音楽だし、小学生の頃から夢中だったのだから。90年代ロックは自分に言わせれば60年代から地続き。だからこんな自分にも同調できたのだ。最近生まれた音楽であっても、やはりこの時代の音楽に立脚したものに自分の耳は反応する。それも、「古き良き」スタイルを現代に再現する、みたいなものではなく、新しい/古いという時間の概念を超えてその世界と地続きのもの。どの時代のどんな人々と一緒の世界に生きたいのか、自分は知っている。子供の頃から今を経て、これから先もずっと。

昨日は上まで書いて、夜が明けたら読み直して投稿するつもりだった。ブルーにこんがらがった3月はまだまだ続く。全然楽しみでない8回目の短期アメリカ出張(休日なし)を来週に控え、抱えている作業のストレスもひどく、その他諸々、でろでろな日々。昨晩はそのせいかわからないが体重が立ちくらみの出るレベルよりさらに低下、史上最低値を更新してしまった。お酒も1日空けは何とかキープしてるが量は若干?増えた。昨晩も飲みながらいったん読み終わったディランの自伝をぱらぱらめくっていた。ディランが過ごしてきた時代を行ったり来たりする構成。自分が書いたばかりの上記の文章を思い起こしたところ、自伝がそんな構成になっている意味が、いきなり明確に理解できてしまった。ディランにとっても、時間はすべて並列なんだ。ディランにとってこれまでの生涯で一番熱かったシーンをラストに持ってきたかったから、ああいう構成になった。それが西暦何年、何歳の頃だろうと関係ない。最後まで読むと、冒頭とラストで時間がつながるようになっている。ディランの中で大事な要素がすべてつながった運命的なシーンが、自伝の最初と最後で時間的にもつながる。自伝を生い立ちから書き始めて、年代を順に追った物語にまとめ、「そして、今」で締める必要はまったくないのだ。なるほど、わかったぞ……さらに何気なく「Biograph」のCDを手に取る。60年代から80年代までのディランのキャリアを網羅した、これも自伝的な3枚組編集盤。高校生時代からずっと愛聴してきた。やはり曲の並びは年代順になっておらず、ゴチャマゼ。ではあるが「ゴチャマゼの混乱」ではなくて、必然的にこうなっているのだ、きっと。自分史を年代順にソートすることに意味はないのだ。ディランにとっても、時間はすべて並列。よくわかった。この文章を書き始めるときにこんな結論は用意してなかったのだが、またひとつ、自分内でびしっとつながってしまった。

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昨晩聴いていたレコード。ジャケのイメージはサイケだけど、ブライアンのいたストーンズのフォークな面をとらえたナイスな編集盤。昨晩は「Lady Jane」の間奏に流れるハープシコードの音色がこれまで聴いてきた中で一番美しく聞こえて、すっかり持って行かれてしまった。

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