お別れの日から一ヶ月と一日(猫への詫び状)

老猫様が亡くなって、昨日でちょうど一ヶ月。あれから自分は一度も泣かなかった。彼女と仲良しの相棒だった別の猫を、8年前に13歳で亡くしたときとは全然違う。13歳でも猫としては十分にシニアだったが、もっと一緒にいられると信じて疑わなかったのが突然調子を崩して亡くなってしまい、ショックだった。悲しかった。愛嬌のある6kgの大猫だった。思い出しては涙が流れた。ちょっとつつけばしくしく泣いてしまうような状態が一ヶ月ほど続き、人前に出たくなかった。

老猫様はあれから8年も生きた。十分すぎるほど老齢になり、それでもかくしゃくと暮らしていたが、一緒にいられる時間はもうそんなに長くないよな、と内心ではわかっていた。時間をかけてお別れの覚悟ができていたので、ショックも悲しみもほとんど感じなくて済んでいるのである。21年の長寿を最後まで生き抜いてくれたおかげ。本当に立派に生涯を閉じてくれて、ありがたい。ただただ、いて当たり前のものがいない寂しさだけが残っている。あまり悲しさを伴わない欠落感である。まだ家のどこかにいる気がしてしまうけど、もうどこにもいない。いつもいたような場所に、猫の形をした点線があるだけ。定期的にフードやら何やらを出してもらいに獣医さんに行っていたけど、その用事もなくなってしまった。何だか、お世話をさぼっている気持ちがしてしまう。こんなに獣医さんに行かなくていいんだろうか。いいのである。用がないんだから。

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先月、老猫様が亡くなった日に桜が満開だった公園。今月は藤が満開。でもこれも先週のこと。季節はどんどん巡る。

この一ヶ月、生前の彼女を可愛がってくれたたくさんの人たちが、お別れを惜しんでくれた。今まで出会った中でベストの猫だったと言ってくれた人もいた。何人かの知り合いには、こちらが一時帰国や旅行などで家を空けたときに数日~数週間と預かってもらったり、留守宅に泊まり込みで世話をしてもらったりした。そんな知り合いの一人が、彼女と一緒に暮らしたひとときに撮っていた写真を先日たくさん送ってくれた。彼女のすぐそばに気持ちを寄せて可愛がってくれていたことがわかる写真ばかり。こういうのは本当にうれしく、有り難い。

21年の長い生涯でたくさんの人たちに可愛がってもらい、お世話してもらい、なでてもらい、そして東京生まれなのに飼い主のワガママのせいで日本国内にとどまらず海外まで大移動をして暮らした。しかも海外引っ越しどころか、その海外生活の締めくくりに自動車で6週間の大旅行をして、本来なら移動が苦手なはずの猫を同行させたのである。このときも最初は知人に預けるつもりでいたが、馴染みのない他人の家で長期にわたって居候させてもらうぐらいなら飼い主と一緒のほうがいいんじゃないか、という考えもあって、悩んだ。しかしもうひとつ、心の底では、当時すでに老齢に達していた彼女と過ごせる限りある残りの日々、海外生活の終わりに一緒に大きな思い出を作りたかった。悩みに悩んだ末、車に乗せて長期旅行に連れて行く決断をした。老齢猫に無理なことをさせて寿命が縮むかもしれないのに、本当に飼い主エゴ以外の何物でもなかった。しかし、同行させる決断をしたのは正しかったと今は信じている。実際に一生ものの思い出が一緒に作れたし、あの後も5年間元気に、21歳まで生きたのだ。あれで寿命が縮んだなんて、誰にも言わせない。……でも、車や飛行機にたくさん乗せて、怖い思いをさせて、ほんとにごめんね。先月、埋葬のときにも彼女へのお詫びの言葉を書いた紙を一緒に埋めたのだった。一緒に暮らした21年に後悔はないけど、色々ごめんね。ありがとう。


猫と旅行中、車をとめて一緒に眺めた光景。この青い海に、当地で亡くなった仲良し相棒猫の遺灰も散骨させてもらった。

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