AIと外れ値

学校に通っていた頃は、死ぬほど嫌いな連中と教室で毎日顔を合わせなければならなかった。日々、何かしらぐさぐさ傷つきながら息苦しい時間をやり過ごし、帰宅したら即座にヘッドホンを掛けてビートルズの音楽に浸っていた。音楽は酸素ボンベみたいなものだった。でもそれも遙か昔のこと、大人になった今は大丈夫。仕事は基本的にひとりで音楽を聴きながらやるし、私生活では好きな人たちとだけ付き合っていればいい。見たくないものは見なくていい。自分は自分の道を進み、嫌いな連中は視界のかなたに消え去った。今何をしているのか知るよしもないし、知りたくもない。同窓会など、もちろん一度も出席したことがない。大人になり自立して選択の自由を得たのだ。やりたくないことは、やらなくていい。その代わりに一寸先は闇だけど、それでも自由って、すばらしい。フリーダム!

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ビートルズの映画「A Hard Day’s Night」は最初から最後まで1つ1つのセリフや場面が自分の中に刻み込まれているけど、中でもこの「Can’t Buy Me Love」のシーンは大好き。ストレスの溜まる仕事場を脱出して空き地ではじける4人。We’re out!

大人になってからの自分は恵まれている方だと思う。色々と幸運な出会いが重なって自立できて、20年以上の経歴を積むことができた。はっきり言ってこの仕事、疲れる。もうやりたくないと思うことも最近はずいぶん増えた。でも今のところ、経済的にはこの職を使ってどうにか最後まで乗り切れればと、それしか考えられない。老後のために2000万円も貯金できるわけもないし、脳が働く限りは何とかこの職にしがみついて日々のパンをまかないたい。誰にも会わずに音楽を聴きながら作業できる、それだけでこの職を死ぬまで続ける理由としては十分である。最近になって、AIが人間の仕事をみんな奪ってしまうのではないか、と世間が騒ぎ始めている。自分の仕事も取られてしまうんだろうか。その答えはこの道に進むことにする前から自分は知っていた。当時、大学院で人工知能分野の研究者を目指そうとしていた。すぐやめてしまったけど。

AIができることは、「普通の」人間が「普通に」たどる思考のシミュレーション。無数の人間が考えることの最大公約数。ある特定の個人が、人生で得た経験や知識を総動員して深く考え込み、その人にしか出せない結論を汲み上げてくるようなことは、AIにはできない。自分は何でもそつなくこなせるタイプの人間ではない。できないことは全然できない。嫌いな他人に邪魔されずにひとりの世界で何かに打ち込み、どっぷり思い悩み、自分なりの結果をひねり出すことのほうが、自分は得意。そうやって出した結果は褒めてもらえることがある。自分はこれを提供して、AIには出せない価値を世間に認めてもらおう。簡単に言えばそういうことを考えた。もちろん機械的にこなせる案件も多々あって、そういうのはAIがうまくやり始めている。今はまだ大丈夫だけど、これから自分がどこまで生き残れるのかは、わからない。

自分は統計で言うところの「外れ値」だと思っている。多くの人々が興味を持つことに興味を持てず、大多数が当たり前に楽しめるようなことが自分にとっては苦痛だったりする。おれは普通とは違うんだと格好つけてるように聞こえるかもしれない。でもこんなの、ちっとも格好良くない。若い頃、普通と違っていることはとてもしんどくて、ほかの皆と同じになりたくて仕方がなかった。統計的にど真ん中にある「普通の」人々こそが、自分にとっては強く美しく輝いて見える。自分のような外れ値の人間は、大きな群れに守ってもらえず、弱くて醜くて劣っている。今でも自分の奥底にはそんな観念が根強くある。自分はたいていマジョリティよりマイノリティに肩入れしがちである。少数派でも、馬鹿にしないでほしい、疎外しないでほしい、嫌わないでほしい。外れ値でも、胸を張って生き延びさせてくれよ、というかしぶとく長生きしてやるさ。

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この写真のどこかに、カエルがいる(本文とは関係ありません)

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