丸刈り頭で20余年

髪が伸びてきたのだが時間的にも精神的にも余裕がなくてなかなか散髪に行けず、今朝ようやく行けた。伸びてきたとは言っても、自分の髪型は20代後半からずっと丸刈り。それより若い頃は、中途半端に長くしていた。髪型の理想像は以下の写真のとおりだったが、自分には髪質から何からあらゆる面で無理な願いだった。

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癖のついた長めの髪だった頃は、当時アニメ化もされていた「少年アシベ」という漫画の主人公に似てると言われていたこともあった。10代最後から20代前半は、まだ外の世界と自分を隔てる壁や煙幕が欲しかった時期で、前髪はのれんみたいに垂らしたかったのだが、どうしてもくるっと巻いてしまうので左右に分かれた無難な髪型にしかならなかった。

20代後半になると、実家を出て始めた仕事が軌道に乗り、毎日朝から晩まで自部屋にこもって山積みの作業をこなす日々になった。連日、明け方までパソコンに向かい、若干の精神的危機を感じながらも20代の体力で無理を利かせ、ひたすら仕事に没頭していたある日、ふと思ったことがあった。もう、左右分けの無難なアシベスタイルを維持している必要などないのではないか。バイトでも会社勤めでもないのだ。どんな髪型でも、何色の頭にしていても、誰にも文句を言われる筋合いはない。いっそのこと、ピンクや緑に染めてしまったら良い気分転換になるのではないか。でも、そんないかにもエキセントリックな外見にするのもやっぱり気が進まず、次に思い浮かんだのが丸刈りだった。

丸刈りというのは集団の規律として強制されるもの、もしくは謝罪のポーズを示すもの、というイメージが強い。でなければ僧侶か。逆に、あえて自発的な選択として丸刈りにするのもまた、「無難」から振り切った選択としてはありなのではないか、と思いついたその日に実際やってみた。美容師さんに「本当に丸刈りでいいんですか?」とやや困惑されながらカットしてもらったことを覚えている。丸刈りにしたのは小学生のとき以来だった。髪を伸ばしていたときはわからなかった、自分の頭の形状が露わになって面白かった。頭の無駄な部分をそぎ落とした感じが気に入ったし、自分は普通よりも頭が大きいので、髪を短くした方がまだバランスが良くなることもわかった。その日から現在に至るまで、髪が伸びたら丸刈りにしてもらうようになった。

やはり、アシベヘアだった自分を知る周囲には、最初のうちは驚かれることが多かった。何か詫びを入れなければならない事情でも?と心配されたことすらあった。しかし髪型がいくら変わっても、中身の人間は全然変わらない。別人になったのではないと分かれば、以前の自分を知る人々も安心してくれたようだった。30代になり、インド生活を始めたときにも、この髪型でとても助かった。日本人相手ですら、どこをどんな風にカットしてもらいたいか細かく指示を出すのはとても苦手。「Beatles For Sale」のジャケットを持っていって、この左端の人と同じ髪型にしてください、と頼んで実際そうなればどんなに簡単かと思うが、自分の髪ではどだい無理なのだ。インドの理髪師に適当にやってもらって、典型的インド人ヘアスタイルになるのも良かったかもしれないが、とにかく何番のバリカンで全部やっちゃってくれ、と頼むだけで済むのは圧倒的に楽でノーストレスだった。

今朝、1200円床屋に散髪に行って、いつものように丸刈りを注文し、いつもながら簡単で楽だなあと思いつつ、上記のことを思い出した。かつてはサラサラのストレートヘアが羨ましくて仕方がなかったけど、今にして思えば、自分はマッシュルームカット男になれなくてよかったかもしれない。憧れの対象と同化することは諦めて、生まれつき配られた手持ちのカードから自分でこれと選んだ頭だ。カットにお金も時間もかからないし、濡れてもすぐ乾くし。

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近年、外出時は帽子をかぶることがほとんど。夏は日よけ、冬は防寒のため。髪の量が減ったとかそういうことではない、断じて。このキャップは前回の米国出張中にホテル近くの量販店で安く買ったもの。暖かくなったらまたかぶりたい。

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