休みが必要だ

泳ぎは全然得意ではないが、シュノーケルをくわえて海の浅いところを泳いでいると、上手に泳げているように錯覚しがちである。シュノーケリングは楽しいものだ。浅瀬でも水の中に潜ってしまえば、海面下にはまったく別の世界が広がっていて、色や模様の美しい魚がすいすい泳いでいたりすると夢見心地になってしまう。魚を追いかけてどこまでも進んでいきたくなるが、本当は泳ぎが下手であることを忘れてはいけない。足が届かないところまで行って長居するとそのうち泳ぎが続かなくなって、慌てて引き返すことになる。夢中になりすぎると、どちらが海岸だったのか方向感覚さえわからなくなる。シュノーケリングは楽しいが、けっこう危ない。数年前に一度、地味に溺れかけたことがある。あと何秒か足が届かない状態が続くとまずいかも、というところで足の指先が砂に触れたときの救われた感じはよく覚えている。生死の微妙な分かれ道は日常のどこにでも転がっているものだと実感した。

近ごろの生活。遠出や外食はできないながらも日々の暮らしを静かに送っているはずなのだが、常に苦しさがあってあっぷあっぷしている。最近何度か書いているように、毎日が日曜日、毎日がゴールデンウィークで、心から安らげる休みというものがない。からから空回りの日々に、苛立ちばかりがつのる。今は何だか、辺り一面にばーっと浅い海が広がるばかりでどちらを向いても砂浜が見えず、陸に上がって一息つくことができない状況。そろそろ疲れて息が苦しくなってきた。こんな穏やかな海でまさか溺れはしないだろうと思ってはいるものの、気が付いたら足が着かない沖まで来ていて戻れない、ということにならないように、休みが必要だ。さて、陸はどっちだ。

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伊豆下田にて

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