まだ何も改善してはいない

世の中ではさまざまなことが再開し始めている。東京に住む母も教会の仕事が全面的に再開して、また電車に乗って大きなターミナル駅を通りつつ教会に足繁く通う日々に戻ったようだ。先日、そろそろ実家に帰る予定を話し合う頃合いかな、と母にメッセージを送ってみたら、まだ様子を見た方がいいという。街に普段の人混みが戻ってきて、まだこれからどうなるかわからないから、と。そうなのだ、社会経済的に再開の動きが出てきたところで、医学的な状況は何も変わっていないのだ。母には4月の時点で一度、教会の仕事を何とか引退させてもらえないのか、と言ってみたことがあったが、その時々で自分が置かれた状況の中で、やるべきことを粛々とやるだけ、という答えだった。担っている責任はしっかり果たしたいという。そうだよな、と思った。そろそろ第二波が来るのか、来ないのか、という現状を考え始めると、どんどん東京の母のことが心配になってきてしまうのだが、特に何もできることがない。母の言う通り、今のところはこちらもこちらで粛々と暮らしていくしかない。

先日、海外在住時からの知り合いだった高齢の外国人男性が、その海外現地で亡くなってしまった。かなりのお歳だったけど、つい最近までとてもしっかりした姿を見ていた。毎年のように夫婦で来日しては自ら車を運転し、ひょっこり姿を現してくれるので、自分が帰国してからもちょくちょく顔を合わせていた。去年も会って、まったく変わらず元気そうな様子だった。まさか、亡くなるとは夢にも思わなかった。亡くなったとの知らせを聞いた当初は、原因ははっきり聞かされなかったが、あのウィルスがとんでもない猛威を振るっている地域である。やっぱり、それなのかな、とは思っていた。そしてつい先日知ったところでは、やはり、それだった。残された奥さんも今、現地で一人、入院しているという。去年まで、あんなに元気そうに二人で日本と海外を行き来していたのに、あまりにもあっけなく、こんなことになってしまう。亡くなった知人はアーティストで、とても品の良い格好いい人だった。もう、突然ひょっこり姿を現してくれることは二度とない。残念だ。3月末の志村けん以上に、この知人夫妻のことが心にじわじわ、ずっしりと来ている。これ以上は本当にもうなしにしてほしい。最初に書いたように、医学的な状況は先月までと大して変わっていないのだから、日本でもうっかりまた感染を広げないようにしなければ。志村の死を忘れてはならない。自分は、亡くなった知人のこともずっと心に刻む。

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ビートルズ解散直前の頃のジョージ感あふれる若き日の志村、とてもいい。改めて、残念。

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