想像力の限界(2020年7月の雑感)

自分がじかに親しんでいない、顔を思い浮かべられない人たちの事情を想像することは難しい。自分は交友関係がごくごく狭いのでなおさらである。とりあえず現在の自分に見えるのは、家族と親族、暮らしている地域の人々、日本と海外で知り合った数少ない友人知人たちだけ。観光業界のために政府主導で全国的に旅行を推奨して人の移動を活発化させようという動きに対しては、まず真っ先に、とんでもないことだと思った。また感染者急増の段階に入ったのに、どうして今そんな動きを進めるのか。むしろまた緊急事態宣言を出して家に閉じこもるべきではないのか、と自分の周囲、半径数メートルの世界で思うのはそんなことばかり。親しい知人の中に観光業界の人はいないのである。こういう状況になると、今の自分の日常と直接関係のない世界に想像力を働かせる余裕がなくなってしまう。

一方、半径数メートルの世界の中。先日も書いたけど、去年も来日して会ったばかりの海外知人の一人が向こうで感染して、亡くなってしまった。長年連れ添った奥さんも症状が出て入院したけど、無事に回復して退院。生命が助かったことは本当に良かったけど、何十年もずっと一緒に歩んできたパートナーを突然失った。以前からの認知症がかなり進んでいるようで、夫の死もきちんと理解できているかどうかという状態らしい。親族に面倒を見てもらうことも難しそうで、帰国したら一人で高齢者施設に入ることになるかもしれない。去年は二人であんなに元気そうだったのに、どうしてこんなことになってしまうのか。自分にとっては、こちらのほうがずっとリアルに重く心に迫ってくる。このウィルスを甘く見ることは決してできない。経済を優先するあまり、高齢者やマイノリティに対する「命の選別」があってはならない。さらに、自分の家族と、暮らしている地域のこと。自分自身は以前からほとんどステイホームみたいなものだが、息子は学校に通ったり、地域での集まりに参加したり、色々とある。まかり間違っても、自分がどこかでウィルスをもらってきて、周囲に感染を広げないようにしなければ。リスクは最大限回避。そのことしか頭にない。例年夏のアメリカ出張はなくなり、代わりに東京出張の打診があったが、それもやむなく断った。もうひとつの例年夏の恒例行事、首都圏内にある父の農園訪問も、誘われたけど今年は行かないことにした。感染が怖くて親にすら会えないなんて、我ながらひどいことだと思う。情けなく、申し訳なく、心が苦しいが、これが今の自分のやむにやまれぬ現状。

観光にエンターテインメント。今のご時世、不要不急のことである。でも、この騒ぎが起こるまでは自分の生きる楽しみだった、この「不要不急」を支えている人たちが、先の見えない苦境にあえいでいる。このことを考えると、ものすごく防御的になっている今の自分には、どうすればよいのか正解が到底見いだせず、頭がぐるぐるしてしまう。半径数メートルの世界を出ると、すぐに想像力の限界に突き当たる。自分には何もできる気がせず、情けない。人を密集させたり、移動させたりすることなく、もっとうまくお金を回すことはできないんだろうか。「不要不急」の息の根が止まらないように。

近所には蓮が群生している場所があって、毎年蓮の花が咲くのをとても楽しみにしている。今年も7月に入り、花が咲き始めた。本当に色も形もこの世のものとは思えない、特別な美しさを持つ花。雨水をはじいて真ん中に溜める大きな葉も、清浄さの象徴。自分の半径数メートル以内も、その外の世界も、すべて安全でありますように、一日も早く、よろずおさまりますように、と思いながらこの特別な花を眺めた。

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