散歩道の清志郎

春のステイホーム期間中は、毎朝の散歩に息子を連れて行っていた。長すぎた春休みの次は短縮版夏休みになり、また息子と歩く日々が戻ってきた。自分は毎日決まったルーチンを繰り返すのが好きな傾向があって、毎朝の散歩道も2パターンぐらいしかなかったのだが、息子はあれこれバリエーションを開発したがった。息子と自分は性格が正反対ではないかと思うぐらい似ていない。自分みたいにならなくて、息子のためには本当に幸いなことだと思っている。いつものルーチンから外れて変化を求められるのが自分は面倒で仕方なかったが、おかげで近所なのに知らなかった場所をいろいろと開拓できた。そのうちの一つが、清志郎である。

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上の写真は、4月下旬に清志郎を初めて見つけたときのもので、こちらではまだ桜が満開の時期だった。背景の木々や草の様子もまだ冬という感じ。自動車整備工場の駐車場に放置されている、昭和からタイムスリップしてきたパープルの廃自動車に描かれた、80年代の清志郎と「愛し合ってるかい?」という定番のセリフ。こういうロックンローラーな清志郎も、もちろん好きだけど、今あまり頻繁には聴かない。自分の心の中に住んでいる清志郎は、自分がまだ生まれたか生まれてなかったかの頃、小林和生、破廉ケンチと3人で心臓をかきむしるようなハードフォークをやっていた清志郎。心のバイブルは、当時書いていた日記をそのまま収録したという「十年ゴム消し」。一人称は「オイラ」ではなく「僕」である。リアルタイムではないけど、タイムレス。リアルタイムで最初の記憶にある清志郎は、坂本龍一と一緒にやってた「い・け・な・いルージュマジック」で、あれがヒットしていたとき、自分は小学4年生ぐらいだったと思う。あの曲は当時から好きだったし、RCサクセション全盛期にも、活動休止後に清志郎、仲井戸麗市がそれぞれバンドやソロで出した作品にも、心から大好きなものがいくつもある。ほんとに、日本の宝。でも「愛し合ってるかい?」の清志郎は、自分より上の世代のものという感じがするのだ。半端にリアルタイムなので、客観的に見られない部分もあるのかもしれない。

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今朝は、その清志郎を通るコースを久しぶりに歩いた。自分ひとりで歩くときは、少し遠回りのこのコースには足が向かなかった。2~3か月ぶりに見た清志郎は、夏の青々とした草に覆われて「愛し合ってるかい?」が見えなくなっていた。初めて見つけたときから思っていたが、この清志郎は何となく神々しいのである。散歩道のわきにある朽ち果てた車から見守ってくれている感じがする。11年前の5月、一時帰国中に住んでいたウィークリーマンションのテレビで、早すぎるお別れが突然やってきたことを知ったのだが、自分はそのことを今でもあまり信じられていない。以前から、清志郎は遠くて近い人という印象だった。歌う姿も何度か生で見られたし、RCゆかりの地である国立に住んでいた時期もあったし、今でもこうやって散歩道にひょっこり現れるし。

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清志郎のそばに大きなヒマワリが一輪

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