すでに賽は投げられている

まさに地球規模で災難に見舞われた今年もあと4日で終わり。去年とはあまりにも違う今年の師走。昨年末から今年の年始に自分が書いた文章を読み返してみても、当時の自分はやはり今とは全然違う世界に生きている。今年の元旦には、年明けを境に昨日と今日が「去年」と「今年」になって、その境界に特別な一本の線が引かれる「正月マジック」について書いていたのだが、それとはまったく違った意味でのリアルすぎる線が3月の初め頃にがっしりと引かれてしまい、もう年越しごときのバーチャルな線では何も変わらないことを世界の誰もが痛いほどよく知っている。何と切ない年末だろう。

世界がどうであろうと、個々の事情というものもあって、不要不急の動きはするなと言われたって動かなければならないときがある。来年は兎にも角にも現在暮らしている古すぎる借家を出て、新しく住む場所を決めて、引っ越さなければならない。こんな時期に無理して引っ越さなくても、一年延期してもいいんじゃない、と母には言われたが、小学生時代に2回転校した自分は、転校生の悲哀を身にしみて知っている。二度目の転校などは、6年生の秋である。どういう事情でそうなったのかよく分からないけど、自分は半年もいなかった学校で卒業式を迎えたのだ。こういう体験が後年の自分の考え方や行動に大きく影響している。息子にそんな思いをさせたくない。コロナがどうだろうと、引っ越すなら小・中学校の境目になる来年春の一択なのだ。感染が拡大していない地域同士で動くのなら問題はないはず。いずれにしても都会暮らしに戻るつもりは以前からまったくない。そんなわけで、年内の仕事は先週でほぼおしまいにして、年末は家の整理を頑張って進めるつもりでいる。昨日はまず服の整理をした。長年溜め込んできたボロ服は、思い出など諸々を振り切ってゴミ袋に詰め込み、キープしておく服で春まで着ないものは段ボール箱に入れた。引っ越し荷物の第1号である。すでに賽は投げられているのだ。

すでに賽は投げられている、とは最近また読み直している中村哲医師の著書に出てきた言葉で、情勢が悪化しても計画をぐずぐず延期している場合ではない、無理なく少しずつ実施せよ、と檄を飛ばされた気がした。そして、サイコロジャケのCDも届いた。どんな目が出るのか分からないけど、とうとう自分の賽も投げられたのだなあと思う。「McCartney III」の日本盤帯やブックレットには「MADE IN ROCKDOWN」の文字。ロックダウン中もロックしていたぜということなのか、ロック界もダウンしてしまった中でひとり頑張って作ったよという意味なのか、いずれにしてもそんな誇らしげに掲げるほど気の利いた洒落とも思わなかったけど、そういう自分も今年の3月に、ロイ・ウッドの「Rock Down Low」とロックダウンを掛けたタイトルの記事を書いていたのを思い出した。気の利かない洒落で人のことを言えた義理では全然なかった。来年はサイコロの良い目が出て、もうちょっと気の利いた駄洒落が言える年になりますように。

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