コロナを逃れて帰郷したオートリクシャ運転手の悲劇(BBCニュース英語版記事より)

かつて自分が暮らしたムンバイで市民生活を支えていたのは、遠方の農村から出稼ぎで働いていた移民たちだった。コロナ禍のインドで一番深刻な影響を受けたのは貧しい彼ら。ロックダウンで仕事がなくなったムンバイで食い詰めて遠い郷里に帰るほかなくなり、危険な長距離移動中に命を落とした労働者のニュースが今年の5月頃は後を絶たなかった。そんな悲しいケースの一つが、ここで紹介するBBCニュース英語版に昨日掲載された記事。日常的にオートリクシャを利用していた自分にとっては、遠い世界の他人事と流してしまうことは到底できない、悲しくてやりきれない話だった。ステイホームなんて贅沢ができなかった人々が、インドには無数にいた。当ブログを読んでくださっている方々にも、インドでこんな状況が起きていたことを知ってほしくて、かいつまんだ概略をここに紹介することにした。出典は以下の記事。
India coronavirus: The tragedy of the tuk-tuk driver who fled Covid

ラージャンは10年以上前に妻のサンジューとムンバイに来て、工場で働き始めた。11歳の息子ニティンと、6歳の娘ナンディニの二児を育て、2017年に一念発起してローンでオートリクシャを購入、運転手になった。稼ぎが増えたおかげで息子を英語学校に入れることができた(インドには英語で教える学校と現地語で教える学校があり、貧困層から抜け出すには英語学校で教育を受けることが必要というのが一般の認識)。しかしそのわずか2年後、ラージャンと家族を乗せたオートリクシャに悲劇が起きる。

ロックダウン中の今年3月から4月にかけて、ラージャンはオートリクシャの仕事に出られず、貯えはほとんど生活費で使い果たしてしまった。仕方なくムンバイから1500km離れたウッタル・プラデーシュ州の郷里に戻ることに。しかし、移民労働者の帰郷のために用意された特別列車の席は限られていて、なかなか切符が手に入らない。とうとう自前のリクシャで帰郷することに決め、5月9日にムンバイを出発した。その3日後、目的地まであと300kmというところで、4人が乗ったリクシャはトラックに追突され、妻サンジューと娘ナンディニは即死。

このように、ロックダウン中にムンバイで食い詰めてしまい、帰郷を余儀なくされた移民労働者は他にもたくさんいた。移動手段がないため徒歩、自転車、ヒッチハイク、オートリクシャといった手段で困難な長距離移動を強いられた。ラージャンも、村に帰れば安全に暮らせるという希望を支えに早朝から深夜までリクシャを運転し続けたが、村に着けたのはラージャンと息子のニティンだけ。抜け殻になった状態のラージャンは、郷里の人々とほとんど口を利かず、ニティンとも会話をしなくなった。

そんな日々の中、ニティンが父に尋ねた。「パパ、まだ僕はママが言ってたようにお医者さんになれるの?」この一言が、ラージャンに亡き妻との約束を思い出させた。彼女は子供たちの教育をいつでも最優先に考えていた。息子の将来のためにはムンバイに帰らなければならない。しかし二人三脚で歩んできたサンジューなしでムンバイ暮らしに戻ることはとても考えられなかった。事故で大破したオートリクシャの修理にもお金がかかる。それでも、亡き妻の遺志を継ぐためにムンバイでやり直すことを決意。修理費用を捻出するために、サンジューの形見の宝石を売るという決断もした。幸せな思い出の最後のかけらを手放すことは辛かったが、生前のサンジューなら、息子に良い教育を受けさせるために可能なことは何でもしただろう、とラージャンには分かっていた。

オートリクシャをムンバイまで輸送するお金もなく、事故の恐怖も癒えないうちにまたリクシャで同じ道をニティンと二人で戻らざるを得なかったが、4日かけてムンバイに到着。コロナ感染の恐れからしばらく部屋に引きこもっていたが、貯えが尽きてしまうので運転手の仕事を再開。感染リスクと飢えの恐怖を天秤に掛ければ、お腹を満たすことがどうしても優先される。かつては妻が子供の世話を一手に引き受けていたが、これからはラージャンが仕事も子育ても一人でしなければならない。市民は交通機関の利用を控えるようになっていて、稼ぎは以前より減った。生活を立て直すために、世界がまた平常に戻ることを切望するラージャン。ワクチンの実現に望みを掛けているが、こんな疑問も持っている。

「私のような貧乏人もワクチンを打たせてもらえるのだろうか?自分がコロナに感染したら息子はどうなってしまうのか。貧しい人々に思いを致してくれる人がいるとは思えない。ロックダウンを宣言する前に誰も私たちのことなど考えなかった。もし考えてくれていたら、サンジューとナンディニは今でも生きていただろう」


2008年6月撮影、「平常時」のムンバイの光景

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