マチルダ効果をぶっとばせ

マチルダ効果(Matilda effect)とは、女性科学者の業績が認められず、その仕事が男性の同僚に帰されてしまうという、女性に対する偏見のこと(Wikipediaより)。1993年に生まれた言葉だという。その頃の自分は理系の大学に通っていたけど、女子学生の比率は圧倒的に低かった。自分のいた学科では、40人以上いたクラスの中で、女子は2人だけだった。この人数の差は何なのか。女性は能力的に理数系に向いていないなんて根拠はどこにもないはず。いわゆる男脳・女脳とは、男女の脳の構造そのものではなく、生まれ育った社会から意識の奥深くまで埋め込まれた固定観念によって、本人も意識しないまま男女の典型的な役割に沿った思考や行動をさせられることだと思う。自分も社会で生まれ育った以上、そこからは逃れられない。もちろん、男らしくありたい、女らしくありたいと思うのは個人の自由だけど、あの理系大学の男女比の不自然さは、個人の自由意思で進路が選ばれたにしてはあまりにも大きかった。「女性は理系に進むものではない」という社会的な偏見が学生自身にも組み込まれ、理系の道に進んでからの将来に希望も見いだせずという状況が、あそこまであからさまな男女生徒数の違いとして現れていたのだ。あれではどうしたって男性優位の世界にならざるを得ない。自分は大学時代に、女性研究者が軽んじられるマチルダ効果が生まれる土壌を目の当たりにしていたことになる。

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自分が「Matilda Effect」という言葉を知ったのは、コーナー・ラファーズの前作アルバムのタイトルがこれだったから。「マチルダ効果」の意味を調べてみて、1人の天才女性シンガーソングライターを3人の男性メンバーが後ろで支える編成の彼らが、どういう考え方のバンドなのか改めてよく分かったのだ。かつて、自分が聴いていたのは男ヴォーカルの音楽ばかりだったけど、近年は彼らのように女性を中心としたバンドや、女性シンガーソングライターの音楽をとても頻繁に聴くようになったと自覚している。コーナー・ラファーズをはじめとして、アンドレア・ペリー、ココ・ライリーと、当ブログでも取り上げているように女性アーティストの音楽に深くはまり込むことが最近はかなり増えた。別に、これからは男女偏見なく幅広く聴いていこうと意識したわけでは全然ないし、女性の声を聴いて癒やされたくなったとかでもない。気づいたら自然にこうなっていた。




個人的好みの話になるが、自分は人にしても音楽にしても、「男らしさ」「女らしさ」を過剰に前面に出してくるのが苦手。男のマッチョイズムは言うまでもなく、女性に関してもキュートだとかコケティッシュだとかセクシーだとか、あまり強調されるとちょっと敬遠してしまう。中性的なものが自分にはしっくりくる。ビートルズは、特にヒゲなしマッシュルームカットの初期はかなり中性的だった。デヴィッド・ボウイほか、女装や化粧で性別を飛び越えた演出をする男性ロッカーならいくらでもいる。なのに女性は、どんな打ち出し方をするにしても何らかの「女性性」が要求される。少なくとも前世紀の世界ではそんな男目線主体の風潮が支配していたと思う。

自分は最近になって2000年以降の音楽を色々と掘り出し始めて、女性アーティストの音楽が耳に引っかかってくることがとても多くなった。もし、近年はことさら「女らしく」振る舞わなくても自然体で音楽を作って発表していける女性が増えているのだとしたら、とても良いことだ。男女を過剰に意識せず、ただただグッドミュージックとして楽しめる作品にたくさん出会えているし、これが自然なあるべき状況なのだろう。時代状況だけでなく、かつての自分の中にも偏見が根付いていて、女性がやる音楽を不当に無視していたところがあったと思う。恥ずかしいことだけど、自分の方でも無意識の偏見が近年になってようやく取れてきたのかもしれない。

まだまだ男性優位の世界よ、もっと変われ。本物の才能に溢れた女性アーティストの音楽をもっともっと聴きたい。ましてや女性蔑視なんて、前世紀の遺物として一刻も早く葬り去られることを男性の一人としても心から願っている。

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