同じアルバムのCDは2枚持たない主義

来月早々の引っ越しに備えて、昨晩は手持ちのCDを少し整理した。引っ越しのたびにCDは減らしている。これまでで一番苛烈な大粛清をやったのは、15年前にインドに移住する直前のことだった。日本に残していく荷物をなるべく身軽にしようと思い、所有していたCDの量をだいたい3分の1に減らした。CD全盛の時代に20代だった自分が、気の赴くままに買っては溜め込んでいたものである。90年代終わり頃から普及し始めたネット通販も利用しまくり、CDが増えるスピードが上がっていたが、努めて冷酷な鬼となって売却用の段ボールにどんどんCDを放り込んだ。インド生活を終えて帰国後、残っていたCDをさらに半分に減らした。さすがに今となっては、売ってもいいCDはそれほど残っていないけど、30枚ぐらいは売ることにした。ネット配信で何でも聴ける時代、現時点でさほど思い入れのない作品のCDは手元に残さない。もちろん中には、どうしてあのときあれを売ってしまったんだろう、と後悔することもたまにはある。そんなときは改めて買い直せばいいと思っている。明らかに再入手が難しそうなものはさすがに手元に残すが、売却当時は思いもよらなかった作品が入手困難になったとしても、それも人生なのだと諦めることにしている。

それでも、当ブログの音楽記事を読んでいただければ分かるように、ちょくちょくCDは買ってしまうので枚数は増えるのだが、上記のような感じで、手持ちのCDは引っ越しみたいな機会があるたびになるべく減らしながら暮らしている。リマスターやデラックスエディションが出て同じアルバムのCDを新しく買い直した場合、古いものは真っ先に売却候補になる。基本的に、同じアルバムのCDは2枚持たない。だから自分の手元に30年以上残っているCDはごく少数である。ニルヴァーナ「Nevermind」みたいに、当時激しく聴きまくって思い入れが大きすぎるCDは、一生売ることはないだろうし、そもそも使用感がありすぎて買い取ってすらもらえないだろう。90年末か91年初め頃に買ったフェイセズの「馬の耳に念仏」は、長いことリマスターが出なかったりして買い直しの機会がなかったので、かれこれ30年以上、手元で生き残っている。これはもう、新しく買い直しても売ることはないだろう。このCDは、90年代初め頃の状況を思い出させてくれる。

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今となっては信じられないことだが、自分が10代後半だった80年代末頃は、このフェイセズとか、ジギー時代のデヴィッド・ボウイとか、バッドフィンガーとか、70年代ロックの定番であるはずの作品群が軒並み廃盤で入手困難になっていて、ロックが好きでもなかなかその音に触れることができなかった。当時、一番切実にロックを欲していた10代後半の自分は、こういうものをラジオでたまたま耳に入れるか、ディスコグラフィ本から文字情報として頭に入れるだけ。情報不足で偏った知識しかなかった。90年代初めのCD再発ブームでようやくアクセスしやすくなって、数々の70年代名盤にガンガン出会うことができた。同年代のロック好きは当時みな同じ状況だったようで、バンド仲間に70年代ボウイやフェイセズのCDを貸すと、こんないいの全然知らなかった!もっと貸して!とずいぶん驚いてくれた。CDというメディア形態自体には言いたいことが色々とあるけど、90年代初頭に10代の終わりを迎えようとしていた自分や同年代のロック好きにとって、アナログ廃盤という壁があって遠い存在だった70年代の音楽がぐっと身近になったのは、CD再発ブームがあったからこそ。そのことは本当に感謝している。

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同じCDは2枚持たない主義だが、ドリス・トロイのアップル盤「Doris Troy」は2枚ある。今回も売るつもりはない。なぜかというと、1枚は中身が違うのだ。このアルバムはジョージをはじめとして、リンゴ、クラウス・フォアマン、ビリー・プレストンなどが演奏・作曲に全面参加していて、第1級の全ジ連アイテムでもある素晴らしい作品なのでCDを買ったのだが、最初届いた商品には同じアップル盤だがバッドフィンガー「Ass」のディスクが入っていた。製造側のミスである。そのことをお店に言ったら、改めて正しいものを無料で送ってくれた。10代後半の自分にとっては入手困難盤の象徴、とても手が届かなかったバッドフィンガーのアップル盤ですら、こうやってタダで手元に転がり込んでくる時代になったのである。ただ、現時点ではこれらのCDもまた廃盤で新品注文はできないようだ。時代は変わり、CDの流通状況もくるくる変わる。それでも、手放すものは手放す。後悔することもあるだろうけど。

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