木こりの真似事をして骨折しかけた年の暮れ

今年は大きな変化の年だった。息子の中学進学に合わせて旧居から車で4時間かかる土地に大掛かりな引っ越しをした。この大移動のために今年は面白いように大量のお金が飛んでいき、もう長距離引っ越しなど金輪際したくないと思うが、春からこの年末に至るまで、旧居のあった土地のことを思わない日はない。文字どおり毎日、元いた場所に帰りたいと思う。決して現在の居場所が悪いわけではなくて、以前の土地が良すぎたのだ。そして、息子と父のことを考えれば、これで良かったのだ、とこれも毎日のように思う。それなりに魅力のある新天地で、それなりに楽しくやっている。当面はこれで十分、今年の大移動はまずまず成功したと言える。春までいた大好きな土地は、本当のふるさとではないけど、心のふるさと。いつの日かまた必ず帰ると心に決めている。

この土地に来た大きな理由は、父が退職後の生きがいにしている農園の手伝い。父はほぼ2週間おきに、東京の実家から電車で1時間以上かけてこちらに通ってくる。緑内障が進行して徐々に視野が狭くなっていて、将来的には失明するかもしれないという。進行を遅らせる手術は両目とも成功したようで、今のところは特に大きな不自由はなさそうな様子だけど、来年で80歳になって体力的にも厳しくなるし、あと何年かで農園はたたんで土地は他人に譲るつもりのようだ。自分はこの土地に永住する気はないので、農園を継ぐことは考えていないと、先日ほぼ2年ぶりに実家に帰った際に伝えてある。父が最後まで野菜作りを安全に楽しめるように、何年かは付き合って無理のない範囲で手伝うつもり。一緒に作業してみて、こんなことを今まで一人でやっていたのか、と息子の自分には全然受け継がれなかった体力の強靱さに改めて驚かされるし、なかなか危険な仕事を一人でやっていたこともわかってきた。

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父が農園をやっている場所は、40年以上前のサラリーマン時代に購入した小さな土地で、自分が小学生だった頃の夏休みに草刈りと梅の実取りに連れて行かれた記憶があるけど、長年ほとんど放置されていた。田舎の小さな住宅地の奥まった場所にあって、土地の背後は小高い斜面になっており、大きな木が何本も立っている。特に冬になるとこの木々が日当たりの邪魔になるというので、チェーンソーを使って少しずつこつこつと伐採していた。自分がこちらにいなかった頃は、弟(自分の叔父)に手伝ってもらって杉の大木を切り倒したりもしたらしい。今月に入って、そのチェーンソーによる伐採作業を2回にわたって手伝った。

木を倒す方向を決めて、そちらに向かって斜め下に幹に切り込みを入れていくと、木は自分の重みで向こうに倒れてくれる。直径20センチかそこらのそれほど太くない木でも、直前まで生きていた木はずっしりと重たく、細かく刻まなければ人間の力ではとても持ち上げられない。もし自分の方に丸ごと倒れてくればひとたまりもないし、一緒に作業している父や息子の上に倒れないように重々注意しなければならない。

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今までチェーンソーなど触ったこともない、自分みたいなド素人がこんな危険なことをやってていいのだろうか、と思いつつも、父は手慣れた様子なので言われた通りにやる。倒れる方向にさえ気をつければ、木を切り倒す作業自体はそんなに大変ではない。幹の皮を残すばかりのところまでチェーンソーで切り進むと、見上げるばかりの木がゆらりと揺れ始め、スローモーションでどうとあちらに倒れていく。それまで立派に生きてきた木には、父の道楽のためにこんなことになってしまって申し訳ない、と心の中で謝りながらも、このシーンの迫力はちょっと爽快で、にわか木こりになった気分。頭の中では北島三郎が「与作」を歌っている。だけど問題はそこから。倒れた木を片付けるために細かく切り刻む作業が意外と大変で、危ないのである。

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木は斜面の上に生えていて、作業の都合上どうしても高いところから下に倒すことになる。たっぷり水分を含んだ生木はかなり重量があり、木の自重がかかる方向に気をつけないとチェーンソーがぎっちり挟まれて抜けなくなってしまう。ノコギリも使ってどうにかこうにか幹を切断すると、斜面の上から残りの幹がずるずると落ちてくることがある。先日は、この落ちてきた幹と、下にあった木の間に危うく右手首を挟まれそうになった。すんでのところで手を引っ込め、かすり傷で済んだものの、着けていた軍手だけは挟まれた。根元を上にして逆さに落ちた幹は持ち上げようとしてもびくとも動かず、挟まれた軍手は幹をさらに刻んでどかすまでは取れなかった。この軍手が自分の手だったら、と思うと心底ぞっとした。今思い出してもみぞおちのあたりからぞくっとする感覚が上ってくるほどだ。右手首骨折、だけで済んだだろうか。右手が使えなければ仕事もろくにできない。本当に恐ろしいことだ。やはり、素人がろくに安全対策も取らずに与作の真似事をやってはいけない。

とりあえず年内にやっておきたい作業はこれで片づいたようで、父は満悦の様子だった。見たところ、倒すべき木はすべて倒せたようだけど、今後またどこのどんな木を倒そうと言い出すかはわからない。今度父と落ち着いて話をするときには、上記のことをきちっと伝えて、最後まで安全に農作業を楽しめるように今後の方針を考えてもらおう。父はよく今まで無事にやってきたものだ。自分が付いていながら父に大けがでもされたら申し訳が立たないし、自分が大けがをしてもまったくシャレにならない。お互いに無傷のままこの農園をたたむことを最優先事項にせねば。

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