心が削れることはしない

ニール・ヤングとSpotifyに関する記事も、これで3日連続である。今朝は以下のニュース記事を読んだ。

ニール・ヤング、スポティファイから音源が削除されたことを受けて声明を発表(NME Japan)

Spotifyから自身の音源を丸ごと削除するという決断は、やはり独力で簡単に実現できることではなかったようだ。ストリーミングでの収入のうちの約60%を失い、レーベルに大きな損失を与えてしまうことになるにもかかわらず、所属レコード会社のワーナー/リプリーズや音楽出版社のヒプノシスが全面的に協力してくれたとのことで、ニール・ヤングが公式サイトで感謝の言葉を述べている。やはりこれは、喝采を送るべきことなのだろう。

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ニール・ヤングとワーナー/リプリーズは半世紀以上前からの付き合い

Spotifyをやめる際の記事に書いたように、当ブログには自作Spotifyプレイリストを紹介する記事が存在する。西友BGMと、ジョージのスライドギター名演集である。どちらの記事も当ブログにとって大切なもので、書き上げてネットに残せたことは、このブログをやっていてよかったな、と大きな自己満足を感じていることのひとつ。Spotifyプレイリストを中心として書いた記事だったけど、これらを消すことまでは今のところ考えていない。ただ、少し悲しい。

自分にとってこの件の何が悲しいのかというと、自分の心の中核を占める音楽に関わることだから。Spotifyは音楽を「わかっている」配信サービスという認識があった。公式プレイリストの細やかなメンテナンスの仕方とか(ジョージの新しいリリースがあれば小まめに挟んできたり)、自分が好きそうな未知の音楽を的確におすすめしてくるやり方とか、利用していて快適だったのだ。金銭面でアーティストに十分な恩恵が行き渡っていないことに引っかかりは覚えながら、ここ何年かはSpotifyが自分の音楽生活のかなり中核の部分まで入ってきていた。自分が音楽のために払ったお金は、音楽家の生活を支え、より良い音楽が生まれるような目的で使われてほしい。決して戦争や偽情報拡散のためには使われてほしくない。軍事企業に投資した額が1億ユーロ。ポッドキャストには1億ドルを払って独占配信。どちらも小さな額ではない。音楽配信で得た利益から、こういった勢力に能動的に大金を払って、積極的に支援している。音楽のために払ったと思っていたお金でこういうことをされるのは、何とも心が削れることなのである。こういうことは過去にも何度か既視感があるのだけど、自分の心の核にある大事なものを愚弄され、ナイーブさを嘲笑された気持ちがする。愛と平和と相互理解の何がそんなに可笑しいんだろう。


企業としてのSpotifyがやることが個人的な主義主張と合っていないからといって、サービスを利用し続けること自体に特に問題があるとは思わない。ただ自分個人としては、今後Spotifyを利用することは心が削れることなので、もうやめることにしたまで。たとえば1曲聴くごとに1ミクロンだけ心が削れるとしても、1000曲聴けば1ミリ。10000曲で1センチ。そんなの日常的に音楽を聴いていればすぐである。この世で暮らしていればただでさえ心が削れることだらけなのに、音楽にまで削られては、しまいには心が削れ尽くして消滅してしまうだろう。心のない人間になるのだ。嫌だね。自分の心ぐらい、自分で守れなくてどうする。心が削れることは、やらなくてよければやらないに限る。繰り返し聴きたい大切な音楽なら、CDや音源を買えばいいのだ。前からやってたことだ。自分は今後もそうする。この世界にニール・ヤングがいてくれて良かった。

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