新天地で初めて過ごす311

毎年、3月11日には当ブログで震災について何かしら書こうと決めて、実行したり、しなかったりしている。今年の3月は、ウクライナにある稼働中の原子力発電所がロシア軍の攻撃に遭い、占拠されるという恐ろしい事態が発生して、今にも原発がメルトダウンするかもしれない、という恐怖の一端を自分も味わったばかり。遠い異国の出来事でもあれほど怖かったのだから、11年前の今ごろに自分が日本にいたらどれほどの恐怖だったろう、と思った。11年前の今日、東日本大震災が発生した当時に自分は異国で暮らしていて、直接の実体験としては何もなかった。ウクライナ情勢のように、ただただニュースで知るばかり。

昨年4月に引っ越してきた新天地で初めて迎える3月11日。去年まで暮らしていた家は、現在のところ大震災の起きるリスクが日本で一番高いと言われる地域にあり、とても古い木造の家だったので、とにかく本当に大震災が起きたらひとたまりもないだろうという恐怖があった。予想されるリスクの大小にかかわらず、いつどこで起こるか全然分からないのが地震の怖さなので、新しく暮らす家は築年数が新しくて耐震性があることを第一条件にした。だから、その点でのリスクはたしかに去年より減ったけど、新天地には別の大きな災害リスクがあることに、引っ越してきてから気が付いてしまった。3年前の台風で大規模な水害があった地域なのである。しかも、ここは川沿いの低地で、ハザードマップを見れば完全に浸水地域。部屋探しのとき、この事実に不動産屋はまったく触れなかったし、隠そうとした疑惑すら感じる。世の中そんなものだ。自分の身は自分で守るしかないのだ。コロナ禍のため近所の方々とは交流の機会がまったくなくて、水害当時の話も全然聞けていない。こうやって、どこに行っても、いつか何らかの被災者になる可能性はいくらでもあるということを思い知らされる。

震災にしても水害にしても、その他の災害にしても、さらにはパンデミック、戦争と最近は色々ありすぎて、何がいつ我が身に降りかかってくるかわからない、とさすがに自分も身をもって実感するようになった。若いころは、何事もなく平穏無事なことが当たり前だと思っていたけど、まったく当たり前ではなくて、この上なく幸運なことなのだと、それぐらいは理解した。そうは思っても、やはり常日頃はひたすら判で押したような日常のリピートに埋没するばかり。「当たり前」の上に築かれたのっぺらぼうな日々の中ではなかなか思い出せないことを、せめて今日みたいなアニバーサリーの日には改めて意識しようと、この記事を書いた。これとてうわべだけのものかもしれないけど、ゼロよりはましだろう、きっと。

検索は、チカラになる。(Yahoo!検索)

上をクリックするとYahoo!で「3.11」というキーワードが検索されて、3月11日中に検索した一人につき、10円が福島をはじめとした東北支援のために寄付されるという。これを書いている昼12時頃の時点ですでに400万人以上が検索しているようで、かなりの規模だ。この検索で出てくる311関連記事をいくつか読んだりもしたところ。今日はそうやって過ごす。

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去年の3月11日、震災から10周年の日に旧居の近所にあった福寿草園で撮った写真

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