急斜面の手前にて、なるようになる、とカワセミは言った

今年の正月はとても穏やかな晴天が続いた。何だか現実感がないぐらいのパーフェクトな青空。世間並みにゆっくりと過ごしてはいたものの、胸の奥にずっと苦しさがあり、生あくびばかり出てくる。自分が毎年この暮れ正月の時期を苦手としているのは、当ブログにも何度か書いてきた。自分自身でもはっきりと分からない気持ちの面のことであって、その理由について深くは突っ込まない。どうせ年にたった数日のことだ。三が日が明けてからは、普通に朝から晩まで仕事をする日常に戻ろうとしている。こういう時期はブログの書き方すら忘れてしまうのだが、本当に何も書けなくなったら大変なので調子を取り戻していこうと、とりあえず書き始めている。

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年末から年始にかけて、大きな手術とリハビリを経て退院した親族の家に行って、ゆっくり話をしてきた。片道4時間ほどかかるので、泊まりがけの旅である。14時間を要した大掛かりな手術の後、3か月半も入院した末にやっと病院から出てきて、まだ1週間かそこら。最後に対面したのは手術の前日。今は一体どんな様子なんだろうか、もう以前とは変わり果ててしまったのではないかと、会うのが少しだけおっかなかったけど、杞憂だった。口の形が大きく変わって、話す声は聞き取りづらくなった。歯があったところを切除してお腹の皮膚を移植したため入れ歯も入れられず、ご飯はミキサーでペースト状にしたものしか食べられない。それでも、目の前にいたのは手術前と大枠ではほぼ変わらないそのひとであった。手術部位以外にもさまざまな健康問題が表面化して、酸素吸入管を引きずって歩いているような状況だけど、よくぞここまで頑張った、という復活ぶり。満身創痍ながら、突如降りかかった災難にどうにか打ち勝った姿を見た。入院中にどんなことを考えていたか、涙を流しながら話すのをひととおり聞いた。

先月書いたとおり、自分の気持ちは親族に会って話を聞く前から決まっていて、それに向けて邁進するまでだと思っている。うまくいくかどうか、本当に不安だ。今の心境を唐突だけどスキーに喩えれば、万年初心者の自分が難しいコースに迷い込まないように道を選んで滑っていたつもりなのに、いつの間にかスーパー上級者向けの切り立つ急斜面に差し掛かってしまい、そこを滑り降りるのはとても恐ろしいけど迂回路もなく、もはや引くに引けない、という状況である。ひどく転んでスキーが脱げようが、骨が折れようが、心を決めて降りていかなければ山の上から戻れない。今はとりあえずその急斜面の手前で、遠くの美しい雪山を眺めながら、心を落ち着かせようとしている。これはモラトリアムだ。いつまでもこうしてはいられないことはよく分かっている。だから、のんびりとした正月なのに、胸の苦しさを感じるのかもしれない。

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昨年の1月4日、自分はスキー場にいた

とにかく、ここまで来てしまったのだから、あとはなるようにしかならない。なるようになる、レリビー、レリビー……と、それほど好きでもないあの歌を口ずさみながら、行く末についてぼんやり案じつつ朝の散歩をしていた昨年の暮れ、目の前の水路をひゅーっと小さな鳥が向こうに飛び去ったのが見えた。あの飛び方は、カワセミに違いない。急いでそちらの方に寄っていけば、やっぱり水路の脇にとまっている。あの鳥はこちらに向かってくることはほとんどなくて、目の覚めるような青い羽根を輝かせながら、向こうの先へと真っ直ぐに飛んでいく。いつもそれが、自分の行く先を示してくれているように見えるのだ。この青い鳥が姿を見せてくれれば、大丈夫だと思える。自分のやりたいこと、行きたい場所だけはしっかりつかみ、もう二度と間違えないようにしたい。やりたくないことは、やらなくていい。あとは、なるようになるだけ。なるようになれ。

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