この世で一番かんじんなのは ステキなタイミング

50年以上生きてきて、自分が人生の真理だと思っている言葉がいくつかあるのだけど、坂本九の古いヒット曲の歌詞にも、そんな真理を今に伝える一節がある。


この世で一番かんじんなのは ステキなタイミング。まさしく、何事もタイミングが肝心である。新しいことを始める。人やモノと出会う。どこかに出かける。植物を育てる。すべてはステキなタイミングにかかっている。同じ人間が同じことをするのでも、タイミングが悪ければ何も実らずに終わるし、タイミングが良ければ大きく発展して後々の人生にまで少なからぬ影響を及ぼす。ここまでの暮らしで、本当に何度となくこのことを痛感させられている。当ブログも、一番良いタイミングで始められたと思う。今回の新居のこともそうだ。自分は来月で51歳になる。住宅ローンを組むにあたって、51歳を境目に色々な条件が変わるというのだ。50歳でいるうちに引き渡しまで済ませられればかなり有利であるということで、ちょっと急いで事を進めている。これから誕生日の直前まで、2週間おきに3回も遠方まで出向くことになってしまったが、今後何十年の命運がかかっているので何とか頑張って乗り切るつもりだ。一通りの手続きをつつがなく済ませて、晴れやかな気持ちで51歳の誕生日を迎えたい。こんな年齢の区切りがあったとは、世間知らずな自分はまったく知らなかった。あと1~2週間、手続きが後ろにずれていたら誕生日には間に合わなかった。まさにギリギリのタイミング。

グッドタイミングあれば、バッドタイミングあり。ボブ・ディランが現在来日中であることについて、当ブログでは一切話題にしていなかった。もちろん知っている。音楽ニュースは日常的に見ているし、新聞にもディラン来日公演を告知する全面広告がでかでかと載っていた。しかし今回は見送った。たしかにチケットは高額だけど、3年前、2020年の春に開催されるはずがコロナ禍でキャンセルになった来日公演のチケットも、たしか2万円ぐらいはしたはず(改めて確認したら、1F立見が19,000円、2F指定が25,000円だった)。当時は大枚はたいてチケットを入手し、行く気満々だったことは当ブログにも書いていた。何しろ「東京11公演を第11希望まで申し込んだ」というのだ(さすがに全部買うつもりではなく、落選に備えていた)。それがなぜ今回行かないのかといえば、タイミングが悪すぎるのである。上の段落に書いたとおりの状況であり、何だかんだと切羽詰まっている。高額なチケットを買って、東京まで出て一夜のライブを見に行くような心境には、今だけはとてもなれない。ディランに会えるのはこれで最後かも、なんて自分は思わないことにしている。そんな風に思うのはディランに失礼である。ディランのツアーはネバーエンディングなのだから。2020年はコロナ禍、2023年は自分の状況と、2回もタイミングを外してしまったけど、ディランに会えるステキなタイミングがまた必ず訪れると信じている。久しぶりにはるばる日本に来てくれたディランと、その歌を聴きに寄り集まったすべての人々に幸あれ。

タイトルとURLをコピーしました