日本酒と私・2022年師走~Beginning to see the light

日本酒と私」と題した文章を初めて当ブログに載せたのは2年前の11月で、その頃の自分は日本酒好きとしてとても恵まれた環境にあった。そこに書いたように「知る人ぞ知る酒造りの名所」で暮らしていて、朝の散歩ついでに酒蔵にひょいと寄って、蔵出しされたばかりのフレッシュな地酒を買って帰る、なんてことが日常的にできた。近辺のスーパーでも地酒の品揃えは豊富で、酒どころでなければなかなか手に入らない要冷蔵の季節限定生酒が、冷蔵の酒売り場に行けばより取り見取りだった。本当に美味しいお酒の味を知ってしまって、元々好きだった日本酒が、さらに何倍も好きになった。あの記事を書いた翌年の春に現住所に引っ越してきて、最初の頃はスーパーに行くたびに冷蔵のお酒コーナーを必ずチェックしていた。そこで初めて、要冷蔵の蔵出し生地酒が通常のスーパーで売られるようなものではないことに気付き、少しショックを受けた。もちろん、こっちが普通なのであって、酒どころでの暮らしが特別すぎたのだ。あの頃の自分がいかに有り難い環境にいたのかを思い知らされた。もう今となってはとても信じられないほど、恵まれていた。

やがて当地のお酒にも好みのものはいくつか見つかり、地酒にこだわらなければスーパーで普通に買えるお酒でもお気に入りの銘柄が徐々に増えてきた。さまざまな銘柄を取っ替え引っ替えしながら、基本一日おきに(精神的に疲れている時期には毎晩)飲むという生活は今も続いている。日本酒を味わうことが日常生活の貴重な楽しみのひとつであることは、近年ずっと変わらない。現在暮らしている地域では、まったく孤独な楽しみである。地域の人々に日本酒飲みは一人もいないようなのだ。資源ごみの収集日に酒瓶を出しに行くと、ビールの缶や洋酒の瓶はあっても、種々雑多な銘柄の日本酒の空き瓶を大量に出しているのは自分ひとりだけで、いったい何者だよ、こんなやたらと色んな日本酒を飲み散らかしてる奴は、と自分で自分が不審に思えてしまう。

だからというわけでもないけど、やはりこの土地にはあまり馴染めそうにないな、と最近は思うことが多くて、さびしい気持ちではあった。そこに来て今年は、親族の一人がのっぴきならない病気で喉を大きく切る手術を受け、3か月以上経った現在もまだ病院にいる。退院後も大いに助けが必要な存在になることは確実な状況。その親族が入院している病院は、旧居のすぐ近くなのである。退院後に帰る家も、旧居からなら行き来に大して時間はかからない。こんなことになるとわかっていたら、引っ越しなどせずに今もあっちでずっと暮らしていたのに。そして、近ごろは親族本人からも、できれば近くに戻ってきてほしいと繰り返し言われている。ここには、少なくとも息子が中高生時代を過ごす6年間は住み続けるつもりで移ってきた。引っ越しや旧居からの退去にはかなりのお金を費やしたのに、まだ2年も経っていないうちにまた次の引っ越し話なんて、絶対に嫌だ、どうしてこんな目に遭わなければならないんだ、と最近はかなりネガティブな気持ちでいた。

こういう状況になってつくづく悟ったのは、やはり自分が本当に住みたい場所に住むべきであったこと。その場所とは、ここではなかったこと。この土地に来て失敗だったとまでは言いたくないけど、色々な状況を見て最適な答えを出したつもりが、結果的には後悔することになった。そして今朝になって、自分の中でいきなりこの状況からの突破口が開けた。本当に住みたい場所は、やはりお酒の美味しいあの土地しかない。そこに、賃貸ではなく自分の家を持って根を張る。これが正しい道なんだ、と一気に正解が見えた。近年ずっと迷ってばかりの自分には珍しいほど強く、これが正解なのだと確信した。ここに向かって進むのならば、自分は前向きに頑張ることができる。息子が高校に進むタイミングは再来年の春。それまでに乗り越えるべきハードルはかなりあるのだろうけど、何としてでも実現したい。とっちらかっているけど、今の時点で書けるのはここまで。今日は記念すべき日である。

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I’m beginning to see the light.

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