寒い夜にフィッシュマンズ「Corduroy’s Mood(気分はコール天)」を聴く

自分はフィッシュマンズの真面目なファンとは到底言えない。このバンドに出会った頃、リアルタイムでの最新作は「Neo Yankees Holiday」あたりだったと思うけど、初めて聴いたのは図書館で借りた「Corduroy’s Mood(気分はコール天)」という1991年作の4曲入りミニアルバムだった。この作品を自分は異常に気に入ってしまって、ほかのアルバムにも「気分はコール天」の世界を求めては、あれっ、ちょっと違うな、と思うことの繰り返し。しばらくして、どうやらあれは彼らのディスコグラフィの中でも本筋から外れた異色作だった、と気付いたわけである。結局、ほかの作品もライブ盤を除いては一通り聴いた。もちろん、間違いなく、フィッシュマンズが日本のロック史の中でも特別なバンドだということは自分にもよくわかる。あのミニアルバム以外にも好きな曲、名曲、凄い曲はあれこれと思いつくけど、自分の心のど真ん中に位置するのはずっと変わらず「気分はコール天」のフィッシュマンズなのである。これだけは、30年以上前に初めて聴いたときからどうしても変わらない。今年の冬もいよいよ佳境を迎え、冷え込む夜にこの作品のことを書きたくなった。

「ごきげんはいかがですか」は、もうこれは言うまでもなくビートルズ。歌詞の毒の入り方には初期RCサクセションっぽい匂いも感じられる。こういう曲を自分が気に入らないわけはない。コード進行、歌詞、アレンジ、音質、すべてが完璧。「寒い冬」をテーマにしたミニアルバムということで、全曲に共通するのがモコモコした感触の丸っこい音質。これがまた何か少しだけ悲しげな感情を喚起するのである。後に続く「あの娘が眠ってる」「むらさきの空から」も甲乙付けがたい。


「あの娘が眠ってる」は、アコースティックギターの循環コードのストロークにブルージーなリードギターが絡む、聴きようによっては本当に「普通」のロックナンバーなんだけど、彼らがやると全然違う。リズム感が段違いである。「むらさきの空から」も、単にほっこりできるだけの曲ではない。まさに寒い夜にもこもこと毛布にくるまっているような感じにさせながら、ふっとディミニッシュコードに展開して「ひとりで行きなよ 悲しくなっても」と急に突き放すところの寂しさに少し胸が痛くなる。ここの冷たさがあるからこそ「寒い夜はね 寒い夜はね……」に戻ってくると何だか涙が出そうになるのである。ソングライティングが絶妙。

しかし!ここまででも十分に大好きな作品なのだが、最後におもむろに流れだす静謐な「救われる気持ち」だけは本当に特別。遠くから響く淡い色彩のピアノとヴォーカルだけの曲なのだけど、彼岸から聞こえてくるような何ともいえない声で、臨死体験のような幸福感というか寂しさというか、言葉にしがたい感情をいつでも呼び起こされる。哀しい気分と幸せな気分と両方あって、穏やかなのに心乱される感じ。言葉にしてしまえば「死」を思い起こさせるのだろうけど、その一文字で表しきれる気もしないし……死といえば、これを作って歌った佐藤伸治が若くして亡くなったときには本当に衝撃を受けた。その直前に自分の親戚のおじさんが突然亡くなってお葬式に行ったばかりで、その人も少し前にお祝い事で会ったときにはすこぶる元気そうだったので、その死が信じられなかった。当時20代半ばだった自分は、「死」というものは時にはこのようにあっさりと、前触れもなしに突然やってくるのだと、あのとき初めて知った。喪服はいつでも着られるように綺麗にしておかなければならないと。「救われる気持ち」を聴くと、そんなこともよく思い出す。こんな強力な曲で幕を閉じる4曲入りミニアルバム、やはり自分にとっては特別中の特別なのである。

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