ニンニクと赤玉ねぎのハーベスト・フェスティバル、とまではいかなかったが

週末の大雨が上がった月曜日は晴れて暑い朝。散歩から戻るやいなや、昨晩からやらねばやらねばと気が急いていたことをやった。庭に地植えしているニンニクの収穫である。まず週末に、その場の本来の作物であるニンニクを圧倒して巨大化していたパクチーを一本抜いた。可愛い白い花が盛大に咲いて綺麗だったのでまさに断腸の思いだったが、狭い庭のど真ん中で、パクチーばかりに日光と養分を享受させるわけにはいかなかった。パクチーの根元に植わっているはずのニンニクは、すっかり姿が見えなくなっていた。すでに枯れていた地上部が、降り続く雨のせいで溶けて流れてしまったのかもしれない。せっかく去年の秋から育てて大収穫祭りを楽しみにしていたのに、放っておいては台無しになってしまう。

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ニンニク、3月中まではこんなに順調だった

うまくいかなかった作物の後始末をするのはあんまりワクワクしない。すっかりダメになっていたら嫌だなあ、早く救い出さなければ、と少し焦りながら、とにかくニンニクが植わっていたはずの箇所の土をスコップでほぐし、素手で闇雲に土の中を探ってみる。ニンニクが手に触れればすぐにわかる。次々に掘り出すことができてちょっと安心。土をかき分けていると、ニンニク以外のものも色々と出てくる。小石ならまだいいが、ニンニクとよく似た色のカブトムシかクワガタの幼虫、ハサミムシ、ミミズ……しかしここで、うわっ、気色悪っ、と作業をやめるわけにはいかない。実際のところ、作物を収穫し損ねて無駄にしてはならない、という義務感のようなものに駆られて気持ちがそちらに一直線になり、ミミズがのたくっていても大して気にもならずに素手で土を探り続けていた。土をいじっているときの気持ちは、パソコンのキーボードを打っているときとは全然別物。やはり自分は狩猟民族ではなく農耕民族、ご先祖は間違いなく百姓だろう。自分内にわずかに残っているらしき百姓の血が騒ぐのだ。近くにニンニクと同時期に植えていた赤玉ねぎも、同じように地上部が消失してしまう前に収穫してしまうことにして、まだ小さかったけど掘り出した。

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赤玉ねぎも小ぶりのまま終わった。玉ねぎというより、インドでよくスプリングオニオンといって売られていた小さな玉ねぎ付きの細ねぎを思い出す。赤玉ねぎもニンニクも、収穫するのは初めてで、小さいながらもそれなりに嬉しい。結局、両作物とも地植えできずに余った苗をプランターに突っ込んだもののほうがうまく生育していて、そちらはまだ大丈夫そうなのでもう少し育ててみる。今朝は大収穫祭とまではいかなかったが、土をまさぐりながら脳内ではXTCの「Harvest Festival」のリコーダーが鳴り響いていたので、久しぶりに「Apple Venus Volume 1」のCDを取り出して流しながらこの記事を書いた。ちょうどここまで書き終えたところでその曲が流れ出した。

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