ジョージとインド音楽について、個人的考え

ジョージがビートルズの作品として発表した、インド音楽を大きくフィーチャーした曲は3つある。このうち「Love You To」「Within You, Without You」の2曲では、途中で拍数の違う小節が挟まる変拍子が使われている。どちらも基本は4拍子なので、タブラ奏者はティーンタールという16拍のタール(インド音楽のリズムパターン)で叩いている。4拍子が続く限りそれでリズムは合うのだが、変拍子のところでどうしても16拍単位のタールがずれてしまう。インド音楽に変拍子の概念はないので、タブラは1小節だけ拍数を増減させるような対応ができない。3拍子なのにずっとエイトビートを叩いているようなものだ。自分は中途半端ながらタブラを勉強したことがあるので、ティーンタールを認識できるようになってからは、この「ずれ」を意識せずにこれら2曲を聴けなくなってしまった。

インド音楽の世界には、7拍子とか15拍子とか、果ては9.5拍子なんていう、西洋音楽の尺度から見ると変態としか言いようのない拍数のタールが存在する。こう書くと、プログレみたく変拍子を多用する音楽じゃないのかと思われるかもしれないが、そうではない。「変な拍子」はあっても、変拍子はないのだ。これは、インド音楽を根本的に支配する概念であるタールが、一定の拍数で循環するサイクルで成り立っているから。ひとつの連続した演奏の中で別のタールが一時的にひょっこり現れることは決してない。ビートルズと関わるまではインド古典の厳格な伝統に従って演奏してきただろうインド人タブラ奏者、叩いているタールとメロディがどんどんずれていくので、レコーディングではさぞかし戸惑っただろうと想像できる。

IMG_20200105_114734 (2).jpg

ジョージのインド楽曲の中でも、特に大胆に踏み込んだ挑戦をした「Within You, Without You」はかなり独自の世界。インド音楽の美しさにジョージの魂が深く共鳴して生まれたのだろうメロディーは、西洋音楽の尺度では規則正しい4拍子に収まらなかったのだと思う。それで変拍子にならざるを得なかったが、インド音楽は変拍子を受け入れない。西洋とインドのまったく違う2つの音楽文化がジョージの中で出会い、化学反応を起こし、美しく融合しただけでなく衝突もしたわけである。タブラのずれには、その異文化同士の対峙から起きた軋轢が生々しく感じられて、そこが理解できただけでもインド古典の一端をかじっていてよかったと思う。慣れ親しんだ西洋音楽の文脈にインド音楽を異国情緒として取り込むような段階をはるかに飛び越え、一途な情熱で融合・衝突させて、誰も聴いたことのない音楽にまとめ、世界で数千万枚売れたあのアルバムに採用されるレベルに仕上げるところまで、ほかのメンバーの力も借りず独力でやってのけた。ジョンからは絶賛を受けた。こんなことを成し遂げられたのは世界でただ一人、まさにジョージだけだったのだ。


前2曲を経て、インド音楽として一番綺麗にまとまっているのが「The Inner Light」。ジョージが初ソロアルバム「Wonderwall Music」を制作するために単身ムンバイまで出向いて、多数のインド人演奏家の助けを借りて録音されたうちの一曲が元になっている。コンサート・フォー・ジョージで、アヌーシュカ・シャンカルがシタールを弾き、ジェフ・リンが歌ったのは、この曲だった。アヌーシュカの父、ジョージの師匠であり友人であるラヴィ・シャンカルは、インド音楽の伝統から見るとあまりにもいびつな「Within You, Without You」を聴いて「本物のインド音楽になっていない」と怒ったらしい(wikipedia)。異文化衝突から調和に至った「The Inner Light」で、ようやく師匠のお墨付きが得られたのかもしれない。基本はインド音楽の伝統に寄り添って穏やかに進んでいきながら、最後に3声のコーラスが入るところがとても美しくて好き。ハーモニーという概念も、インド音楽には元々ないもの。この曲をビートルズがやる意義が、この一瞬の3声コーラスに凝縮されている。ムンバイで録音された唯一のビートルズ曲という事実も、そこで暮らした自分には特別なこと。

IMG_20200105_114621 (3).jpg

この後のジョージが作る曲には、もろにインド音楽を取り上げたものはぱったりとなくなる。世界が違いすぎるインド音楽の追究をジョージは諦めたのかな、と最初は思っていたが、そんなことではなかった。ジョージの魂を虜にしたインド音楽の美しさは、ブルースやカントリーの要素とともにあのスライドギターに取り込まれたのだと、あるとき気付いた。まったくの異文化だったインド音楽は、衝突を経て調和に至り、ジョージのギターの中で完全に融け合ったのだと思う。シタール奏者になることを諦めるのではなく、ギターでシタール風の演奏をするのでもなく、インド音楽全体を内面の音楽世界と融合させることによって、まったく独自の歌い方をするスライドギター奏法を会得したジョージ。スライドの旋律を注意深く追っていると、インドの歌がたしかに聞こえてくる。インド音楽と正面からぶつかり、軋轢を引き受けながら真摯に取り組んだことで、ジョージはほかに誰ひとり開拓していなかった境地に足を踏み入れ、無敵のギタリストに進化を遂げたのだ。

タイトルとURLをコピーしました