George Harrison「Living In The Material World」日本盤アナログの世界と、その先の世界

自分がビートルズ解散後のジョージのソロ作を特別に思うようになったのは、ダークホース期のベスト盤「Best Of Dark Horse 1976-1989」に出会ってからのこと。これが出た1989年の世間では、アナログからCDへの急速な転換がほぼ完了していた。1991年にそのダークホース期のオリジナルアルバム全作がCDで再発され、ビートルズ後のジョージが生み出した作品群の全貌に自分はその時点で初めて接したのである。自分がビートルズと出会った時期は、LPが主流だった時代のギリギリ最後だったけど、ジョージの音楽は基本的にCDで聴いてきた。ジョージをアナログでも聴きたいと思い始めたのは比較的最近のこと。ここ15年以上、自分は海外で暮らしたり日本の田舎で暮らしたりと、中古レコード屋通いとは縁遠い生活をずっと続けている。たまに東京に出たり、海外出張に行ったりと、古レコ屋に行ける機会があれば必ず真っ先にジョージの棚をチェックしていて、少しずつ集まってきたけど、いまだに「All Things Must Pass」という基本中の基本がアナログで入手できていない。状態の良いものは当然ながら高くて、また別の機会にもっと良い出会いがあるだろう、と見送るしかない。安い盤になると、外箱がビリビリに破れているようなものならアメリカで何度か見たけど、ボロレコード上等な自分でもそんなものを買う気にはならない。それでも、幸運な出会いにもたびたび恵まれて、ジョージのアナログは今のところ7枚持っている。一番新しく手に入れたのが、「Living In The Material World」のリリース当時に出た1973年製の日本盤LP。先日の記事に書いたとおり、久々に中古レコード屋に行ってビートルズの「Yesterday and Today」米国盤を入手した日に一緒に購入していた。

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裏ジャケットには「東芝音楽工業株式会社」とある。同社が東芝EMIになったのは1973年10月からだそうで、本作が日本でリリースされたのは1973年7月。このレコードの製造は東芝音楽工業としては末期だったことになる。日本盤ブックレットはLPサイズで12ページ。全曲の訳詞やディスコグラフィーに加えて、「ALL ABOUT MR. GEORGE HARRISON」と題した6ページに及ぶジョージ年表が付いている。出生から1973年4月8日(ビートルズの「赤盤・青盤」が出た日)までのジョージの歩みと発言をまとめたもので、ハンター・デヴィス著の伝記本「ビートルズ」からの引用が多いけど、これだけジョージ中心に詳しくまとまった読み物が、1973年の時点でジョージの新作レコードに付いていた事実にちょっと驚いてしまう。ビートルズ解散から3年後にして、ジョージはすでに日本でも大レジェンドだったのだ。「All Things Must Pass」に「バングラデシュ・コンサート」と来て、この頃のジョージには後光が差していたに違いない。今度はどんな凄い新作を出すのかという、73年当時のジョージに対する期待の盛り上がりを感じさせる気合いの入った日本独自ブックレットである。

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しかし日本盤、このジャケットデザインにこの帯のフォントの組み合わせ、ジョージを知らない人が見たら何やらおどろおどろしいホラーめいたアルバムだと思わなかっただろうか。もちろん、1曲目に針を落とせば全然違うことが一瞬にしてわかるのだけど。


名曲だらけのジョージのソロ曲中でも、全方位的に完璧な輝きを放つ「Give Me Love」の神々しさは特別中の特別。続いて「Sue Me, Sue You Blues」に「Don’t Let Me Wait Too Long」、そしてインド古典タブラ界最大の巨人、ザキール・フセインのタブラを贅沢にフィーチャーしたタイトル曲「Living In The Material World」と、文句なしのド名曲がずらり並ぶアルバム前半はひたすら凄い。レコードではタイトル曲までがA面に当たる。ただこのアルバム、重たくスローな曲が並ぶ後半に入ると、夜中に聴いているときなどは情けないことに途中で寝落ちしてしまいがちなのである。それでも今回、初めてアナログで本作を聴いてみて、寝ぼけるどころか一番強い印象を受けたのは、そのB面の2曲目に入っている「Be Here Now」だった。

優しくピッキングされるアコースティックギターの音が切々と迫ってきて、月並みな表現だけど目の前でジョージがギターを弾いているように感じられたのだ。その背後でお香の煙のような通奏低音を響かせるタンプーラの唸りも、初めて明確に意識した。きっと、レコードを手に入れて、改まっていつもより集中して聴いた効果もあったのだろう。ただ自分は常々、ギターの音はCDよりアナログの方がずっと本物っぽく再現されると感じてきた。本作の演奏メンバーで、ギタリストとしてクレジットされているのは珍しく、ジョージただ一人である。アコースティックのコード弾き、エレキのカッティング、そして本作でついに誰にも真似できない完成の域に達したスライドと、このアルバムではどこを切ってもジョージ本人の演奏がたっぷり楽しめる。全ジ連ギター弾きである自分にとっては、これはやはりアナログで聴いてなんぼだった。購入した日本盤LPは状態も上々でとても満足していたのだけど、買った後で以下の記事を読んで、むむっ!となった。

【D.W.ニコルズ・健太の『だからオリ盤が好き!』】第35回「『George Harrison / Living In The Material World』徹底考察」

手元にある日本盤も73年当時ものとはいえ、この記事で描写されているような英国オリジナル盤の世界は体験できなかった。「ヴォーカル、ギター、スライドギターは特に生々しく」「レスリースピーカーを通したエレキギターの音がとにかく気持ち良い」「本当にそこでスピーカーが回転しているかのよう」「アンプの箱鳴りが聴こえてくるほど」、さらに「このアルバムの深い部分での素晴らしさ ―雰囲気の美しさ、演奏の素晴らしさ、アンサンブルの素晴らしさ― に本当の意味で気付いたのは、初めてオリジナル盤で聴いたときでした」……と、ここまで言われては、英オリジナル盤の音がどうしても聴きたくなってしまった。自分も、これの次作「Dark Horse」の真の良さに気付いて、このアルバムに本当に「出会えた」と感じられたのは、やはり英国オリジナル盤を入手してその音を聴いたときだった。だから、この記事で言われていることが非常によくわかる。オリジナル盤の価値とは、骨董品的なものというより、リリース当時の熱気が封じ込められた「生々しさ」なのだ。記事を書いている方は、ビートルズのメンバーによる全ソロ作中でジョージのこれが一番好き、という筋金入り。自分はいまだにこのアルバムに対してそこまでの思い入れを持てていない。そんな人物が絶賛しているのだから、是非とも英国オリジナル盤を手に入れて、「このアルバムの深い部分での素晴らしさ」に出会いたい。こんな風にこれからもずっと、中古レコード屋に行く機会があれば必ず、ジョージ棚を真っ先にチェックすることになるだろう。

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