I'm empty and aching and I don't know why

アインシュタインをトランクに乗せて」という本をちびちび読んでいて、長くもない話なのに何日もかかって、昨晩やっと読み終わった。モラトリアムの続きで人生にちょっと行き詰まっていた30代はじめの主人公が、かつてアルバート・アインシュタインの解剖を担当し、その脳を取り出してずっと自宅に保管しているという老博士に興味を持ち、アインシュタインの脳を東海岸のニュージャージー州から西海岸のサンフランシスコに持って行きたいという博士の運転手役を買って出て、二人でアメリカ横断の旅に出る、という話。小説の形だがノンフィクションだとのこと。時代は90年代後半、アメリカでネットが普及し始めた頃だが今みたいに世界を支配するにはまだ至っていない。主人公はたぶん自分より少しだけ年上。ものの考え方、感情の動き方などが自分もよくわかる感じで同世代っぽさがあった。旅のBGMとしてペイヴメントなどが出てきた。ロードムービー感のある本で最後まで面白く読んだ。

車でアメリカ横断の旅をする話を読んでいて、サイモン&ガーファンクルの「アメリカ」を思い出した。「アインシュタイン」の主人公たちは東から西へ、「アメリカ」の二人は西から東へ、旅する方向は逆だけど、どちらにもニュージャージー・ターンパイクが出てくるのである。「アメリカ」は自分にとって特別な曲。ミシガン州サギノーという田舎町なのであろう土地(スティーヴィー・ワンダーの出身地らしい)からヒッチハイクで4日かけてピッツバーグまで出てきた主人公が、そこで初めて会った?キャシーに「恋人同士になろうよ、結婚して財産をひとつにするんだ」なんて調子のいいことを言って、一緒にグレイハウンドバスに乗り込むシーンから歌は始まる。向かう先はニューヨークだろう。バスの中では意気投合した楽しそうな会話が続くが、夜になり、暗いバスの中でふと主人公が虚しさに襲われ、隣で眠っているキャシーに語りかける。自分はどうしたらいいのかわからない、と相手が聞いてないとわかっていながら心からの本音を打ち明けるのだ。

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「アメリカ」が入っているこのレコードも、自分には特別なはじめての一枚。父が持っていた唯一のポップスもの。

この記事のタイトルにした一節が、「アメリカ」という曲を自分にとって特別なものにしている。この歌詞にはじめて触れた中学生時代には、意味がよくわからなかった。大人になったらわかるのだろうと。この曲の主人公のように、大人になりきる前の感受性の鋭い若者が感じることなんだろうなとも思った。だが違った。まさに今、もう40代半ばを過ぎた自分が、なぜか日々痛切に感じるのがこの「I’m empty and aching and I don’t know why」なのである。こんなことだったとは思わなんだ。年を取ってから本格化する感情だったとは。本当に気が付くと虚しさがスポンジにしみこんだ液体のようにじわりとにじみ出し、ときおり刺すように心が痛み、なぜだかわからないのである。内臓脂肪のせいではないと思う。人生がこれからあと何十年あるのかわからないが、自分はこれに折り合いを付けて生きなければならない。もちろん自分自身で対処していくしかないが、「アインシュタイン」の著者ならこの気持ちをわかってくれるような気がする。

ニュージャージー・ターンパイクで車を数えるところでこの歌は終わる。実際に見たことはないけど、片側4車線以上あるいかにもアメリカらしい高速道路のようだ。場面がパッと変わって朝のシーンだと自分はずっと思っているけど、夜中の続き、虚しさを抱えたまま車を数えているということもありえる。でもやはり曲の展開からして悩みの夜が明けたのだろう。田舎から出てきた若者らしく、車の多さにテンションが上がっているシーンだと思う。彼らも皆、アメリカを探しに来たんだ!

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レコードのライナーにあるイラスト。苦悩で頭バーンの図。中学生時代にはじめて読んだこのライナー、あらためて読み直すと自分が受けた影響はけっこうでかい。

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