アメリカのホテルで見た「Laila at the Bridge」

ふだん日本にいるときはテレビをまったく見ない。見ないどころか受信すらできない。アメリカに仕事で来て、泊まっているホテルでひとり手持ち無沙汰なときはテレビをつける。たいてい100チャンネルぐらいあって、ふつうの全米ネットのほかに各国語、宗教、映画、音楽、スポーツなど色々な選択肢がある。音楽チャンネルを選んで見ることが多いけど、選局中に良さそうな番組が引っかかるとそのまま見ることもたまにある。今夜は、チャンネルを選んでいるとひとつのシーンが目に入ってきて、そのまま見続けた番組があった。

それは中東を舞台にしたドキュメンタリー映画らしく、鼻っ柱の強そうなイスラム女性が、橋の上で男たちに食ってかかっていた。「何を見てんのよ!あんたたち、死に瀕しているガン患者がいたらそんな目で眺めるの?あっち行きなさい!」と叫びながら、棒を振って男たちを追い立てていた。見ているうちに、このライラという女性はアフガニスタンのカブールで薬物中毒者たちを更生させる活動をしている人物だとわかった。ライラが追い払っていたのは、ある橋の下、ゴミだらけの汚れきった川べりに溜まっている薬物中毒者たちを無遠慮にじろじろ眺める人々だった。ライラは、悪臭が漂うどぶ川に架かるその橋に日々通っては、橋の下にたむろする薬物中毒者たちとじかに接し、医者に連れていき、女性の中毒者はシェルターキャンプにかくまい、とさまざまなサポートをする活動をしていた。ライラ自身も児童婚をさせられて苦しい人生を送ってきたという。そんなライラの活動や、麻薬中毒者たちが集う橋の様子を、カメラが淡々と追う。アフガニスタンではケシ栽培が盛んで、ドラッグマフィアがのさばり、長年の紛争が絶えない苛酷な暮らしの中、貧しい人々は薬物に依存してしまう。

そこから最後まで映画を見たが、その内容はシリアスなんてカタカナ4文字では言い表せないものだった。ひとりの人物が薬物中毒からクリーンになって2周年の記念日を祝う明るいシーンもある一方で、登場する別の中毒者、のっぽの男性だったが、彼はクリーンにはなったものの、やがて心臓発作で亡くなったという知らせが入る。亡くなったのはショックだけど、クリーンな状態で亡くなったのだけが救いだ、というライラの声。また別の人物は、ライラのもとで更生を誓いながら、再び薬物に戻ってしまった。橋の下で彼がまた薬物を買い、使用するシーンすら映画には出てくる。とても正視できるものではないが、カメラはそんな姿もあくまで客観的に映し出していた。この映画「Laila at the Bridge」はアフガニスタン人とアメリカ人の夫婦で制作された作品で、外から目線で「哀れな人々」に「同情」するのではなく、もっと深い共同体意識のようなものが映像から感じられた。たまに、陽光に輝く木の葉などをとらえた美しい映像も挟み込まれていた。もしも自分がカメラマンで、あんな厳しい現実を目の前にまざまざと見せられたら、心が折れて木の葉などとても目に入らないだろうと思った。諸悪の根源、ケシを栽培している畑のシーンも、ケシの花の赤白模様が可愛くて印象に残った。植物に罪はない、それを悪用してるのは人間なのだから。

ライラがアフガニスタン麻薬対策省に掛け合って資金援助を引き出そうとするシーンも繰り返し出てくるが、役人たちはほとんどまともに取り合ってくれない。やっと役所から絞り出せたお金で中毒者たちの飢えを満たす食糧を買い、ライラが「心の中に白い花が咲いたようだ」と深い喜びを表現するシーンもあった。しかしその後、橋の下で食糧を配ると中毒者の間で取り合いになり、殴り合いが始まる始末。帰り道の車中でライラが「かえってひどい気分になってしまった」とこぼすシーンはとてもつらかった。ライラは口が悪くて怒りっぽいが愛情は豊かという、まさしく「肝っ玉母さん」的人物で、たまに弱音をこぼしながらも強力なエネルギーを発散し、映画をぐいぐい引っ張っていた。やがてライラ自身もマフィアに命を狙われはじめ、自宅を襲われて怪我をするなど危険な状況になっていく中、寄付も政府も頼れないと悟ったライラはその橋の近くに立派なレストランを開店し、ライラが更生を助けている中毒者たちがウェイターとして働き、自分たちの力で資金を稼いでいくことになった、というところで映画は終わる。これは現実の話であり、去年(2018年)公開されたドキュメンタリー映画なのだ。映画の公式サイトに行くとライラの活動に寄付ができるようになっている。

2001年9月11日の出来事の後、アフガニスタンとイラクが次々とアメリカの戦争の標的になっていくのをニュースで見ては、何とか止められないのか、と思っていた。当時は初インド旅行から帰って間もない頃だった。ニュースに映し出される中東の暮らしぶりは自分がインドで見てきたものとほとんど同じ。イスラム教徒たちの様子もそう。中東の人々のほうに心情的に近しい気持ちを抱いていた。アメリカで起きたテロは確かにとんでもない出来事だったが、あれを仕掛けたのは「国」ではないだろう、国家間で戦争をするのはどう考えてもおかしいだろう、と強く思った。日本ではこのことに関心を持っている人があまりにも少なくて、「おかしい」と思った気持ちを少しでも表明したくて、イラク戦争のときには、当時東京で盛り上がっていた反戦デモに参加したりもした。もちろん何にもならなかった。戦争は止められなかった。そんなことはわかっていたが、戦争をするのはやめてほしいという思いを表明したかったから参加した。今でもアフガニスタンやイラクやシリアでテロ、何百人が死亡、というニュースがしょっちゅう目に入るが、誰も話題にしない。欧米諸国で同じことがあれば大きな話題になる。命の重みには国籍によっても明らかな差がある。おかしいと思う。

日本のホテルでテレビをつけても、こんなハードな映画は絶対に見られなかっただろう。アメリカは何でも見せてくれる。幅広い選択肢がある。何を選ぶのかは個々人の自由にゆだねられている。そこはアメリカの良いところなのだろう、たぶん。この映画を観たあとはMTVにチャンネルを合わせた。2019年MTVアワード授賞式の模様を放映していた。きらびやかなステージでど派手に歌い踊るアメリカの歌手たち。さっきまで観ていた映画とのギャップにくらくらしてしまったが、もしかすると、ここに麻薬中毒者がたくさん映っているという点では共通しているのかもしれない、と思ってしまった。

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出張中はビジネスホテルの一室に泊まっている。仕事が終わって部屋に戻った午後7時ごろ、近辺に散歩に出るのが日課。夕暮れの空に背の高いシュロのシルエットが見えると、とあるロック名盤のジャケットをどうしても思い出し、チェックアウトはいつでもできるが離れることは二度とできないのではないか、と考えてしまう。

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