Let It Be like Yesterday

キンクスが65年に出した「Where Have All The Good Times Gone」という曲では、同年にヒットしたビートルズのイエスタデイの歌詞が引用されているのだが、そこに「Let it be like yesterday」という一節が出てくるのである。昔から不思議だなと思っていて。当時まだレット・イット・ビーは出てなかったはずなのに、イエスタデイと並ぶポールの二大バラードとなる曲を予言していたのか、レイ・デイヴィスには予知能力があるのかと。

レット・イット・ビーにまつわる最初の記憶は子供の頃、テレビのコマーシャルで流れていたのをうっすらと覚えている。恐ろしげな映画のシーンのバックに流れていたその歌は「ヘルプミー、ヘルプミー」と聞こえた。それが「助けて」という意味なのはわかっていたようで、何だか怖いな、嫌だな、というのが最初の印象。後年、「悪霊島」という1981年公開の映画にこの曲が使われていたと知り、幼少時の記憶は正しかったとわかった。当時9歳。

その翌年あたりから自分はビートルズにはまり始める。きっかけは、FM東京のソニービッグスペシャルという番組。「懐かしのポップス・ベスト120」という企画で、50~70年代のいわゆる洋楽ポップスの名曲ランキングをリスナーの投票で決め、120位から1位までカウントダウンで流すというもの。これを父が3本のカセットに録音していたのを自分がひどく気に入ってしまい、何度も繰り返し聴いた。ビートルズの曲がかなり多く入っていて、1~3位はポールの鉄板バラード3曲が独占。レット・イット・ビー、イエスタデイ、ヘイ・ジュードの順。特に1位は全然好きじゃなかった。ジョン/ポール/ジョージのハーモニーがばっちり決まって、リンゴのはじけるビートが気持ちいい初期の曲の方が断然いいのに。どうしてレリビーとかイエスタデイとか辛気くさいバラードばかり世間では人気なのか、小学生の自分にはわからなかった。いや、大人になっても。

そのテープを録音して自分がビートルズにはまるきっかけを作った張本人の父はクラシックが好きで、ずっとビートルズに興味がなかったのだが、今年に入ってベートーベンの代わりにビートルズのCDを図書館で借りたのがきっかけで全アルバムとソロ作を聴きあさりだし、突如としてロール・オーバー・ベートーベン状態になってしまった。ちょうどいいタイミングでポール来日、一緒にライブを見に行ったのがつい先日。自分がポールのライブを見るのは3回目だったが、心に残るハイライトの部分は毎回違った。前回は、ストリングスなしでジョンに捧げて弾き語った「Here Today」がとてもぐっと来て、イエスタデイ風のスタジオ版ではわかりづらかった、あの曲に込められた真心が初めて感じ取れた気がした。そして今回、あのレット・イット・ビーがなぜか自分の心に刺さってしまった。とくに以下の一節。

And when the broken hearted people living in the world agree
There will be an answer, let it be

この「living in the world agree」の部分、自分はライブのとき「living in the world of greed」と聞き間違えていた。「欲望の世界で暮らす心傷ついた人々」のために答えがある、それが「Let it be」だと。正しくは「この世界で暮らす心傷ついた人々が仲良くやっていくとき」だった。どちらにしても、この一節が心にすっと入ってきてしまった。「let it be」は格式張って「あるがままに」みたいに訳されることが多いけど、日常会話でもよく使われるように思う。「ほっとけ」「そのままでいいよ」ぐらいの意味。この世界で心傷ついた人々が和解して暮らすとき、答えが現れる。そのままでいいんだ、と。

自分はあまりにメジャーど真ん中なものからは遠ざかりたい性格。過去のライブでこの曲の演奏を観たときもまったく印象に残ってなかった。なぜ突然この曲がぐっと来たのか。ここからは、こないだのストーンズの記事に続いて真っ正面から書きますが、50年前に作られた、手垢のべったり付いたこの曲をあらためて現代の世界に問いたい、という気持ちを自分は受け取った気が、何となくする。この曲を演奏するポールとバンド、そしてスクリーンの映像を作ったスタッフから。

ライブを見る前、上京する電車の中で先日出た新作「Egypt Station」を初めて聴いた。「People Want Peace」という曲ではかなり強くストレートに世界平和を訴えている。トランプ大統領批判と覚しき曲もある。ポールのアルバムを聴いて、ポールが自分と同じ時代に生きて同じ方を向いていることをここまで直接感じ取れたことは今までなかった。ライブでも「Blackbird」を演奏する前、「これは公民権運動についての歌です」とわざわざ前置きをした。アンコールでメンバーが登場したときは、日英の国旗とともにレインボーフラグが大きく振られた。アンコールの演奏も終わって最後にスクリーンに現れた映像はハートマークとピースマーク。そしてレット・イット・ビー、放っておけ、そのままでいい……世界はなぜたびたびしなくてもいい介入を、挑発を、主義主張の押しつけを、戦争をするのか。なぜ放っておけないのか。果たしてこれは人間が人間である限り仕方のないことなのか。愛と平和と相互理解の何がそんなにおかしいんだい?

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ポールと同い年の父、昔から登山や歩き旅が好きで、近年は農園に凝って実家から電車と徒歩で2時間はかかる畑に通い、泊まり込みで農作業を盛んにやっている。そんなこんなで足腰はとても丈夫だけど、それでも初めてのロックコンサートでアリーナ席、最初からずっと立っていなければならず、やはり少ししんどいようでときどき座っていた。そんな父を気遣いながら、ポールの演奏を見ていた。東京ドームにいた2人の76歳、どちらも老いはやはり感じるし、それでもあそこまで元気であることに驚嘆もする。76歳にしてビートルズという新たな世界を開いてしまった父は素直にすごいと思う。自分は実家にいた頃、必ずしも父を尊敬していなかった。むしろ父への反発が自分の考え方の形成にかなり影響している。実家を出た後、会社員一筋だった父とは真逆の生き方を自分は選んだけど、近年の父とは音楽と植物という2本の大きな柱を共有している。自分もいつのまにか、小さな庭で植物を育てるのがかけがえのない楽しみになっている。とうとう今年はビートルズという本丸中の本丸で再び出会った。親子とは不思議なものだとつくづく。

今はビートルズ後期に出たさまざまなものが50周年を迎える節目。レット・イット・ビーも来年で生誕50年。……と書いていて、いまそのために何かしら進行しているはずだ、と気づいた。50周年記念盤か、ひょっとしてあの映画がついに正式に再販か。何千回、何万回と演奏してきたあの曲をポール自身が改めて見直す時期なんだ、きっと。だから今回の演奏は刺さったのか、なるほどね、とひとり納得して終わる。

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