恋の十字路

昭和47年生まれの自分にとって、戦後の昭和歌謡ヒット曲の数々は削除不可能なシステムファイルみたいなものだ。脳内の中核部に強制的に書き込まれていて、消すことは絶対にできない。今でも日常生活のふとしたところで脳内に浮かんでは消える曲ばかり。物心ついてからのヒット曲なら、その曲が流行っていた時代の記憶もうっすら一緒についてくる。筒美京平の代表曲リスト(wikipedia)を眺めていると、自分内に刷り込まれた歌謡曲のほとんどが筒美京平作品ではないかと思えるぐらい、印象の強い曲が多い。曲名をずらずら見るだけで、幼少期から高校生ぐらいまで自分が過ごしてきた時間の記憶が走馬燈状態である。駆け巡るのは楽しい思い出ばかりではないが、もちろん好きな曲もたくさんある。その中でも特別なのが、欧陽菲菲の「恋の十字路」。

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子供時代に刷り込まれた歌謡曲について1つ1つ当ブログでつらつら書く気はあまりないのだが、これは特別。インド暮らしを始める前、もしかして向こうで故郷の音楽が恋しくなるようなこともあるかもしれないと、自分が聴いて育った70~80年代の歌謡曲ベストCDを図書館で片っ端から借りてきてMP3化したことがあった。1973年版のCDに入っていたのが「恋の十字路」。タイトルを見てもどんな曲だか浮かんではこなかった。歌詞に「恋の十字路」は出てこないのだ。歌を聴く前に歌詞カードを見ると、橋本淳の歌詞は典型的な昭和演歌の世界。女がひとりできること 指を絡めて祈ること ほほを涙で濡らすこと/雨の舗道に捨てられて それでもあなた憎めない 弱い女は尽くすだけなの……ああもうたくさんだ、自立した女性から百万光年離れた、このいかにも前時代的な世界、70年代にもなって何なのこの歌詞、と文字だけ見たときはかなり嫌悪感を催した。しかし、この曲のイントロが始まった途端、天地がひっくり返ったのだ。音楽としてのこの曲はまったく演歌ではなく、完全なソウルバラード仕様。ドスの利いた欧陽菲菲の歌と、女声コーラスのアレンジはパワフルそのもの。この歌詞とこの曲、この歌手の組み合わせは、完全な確信犯だった。こういう風に「弱い女」を歌われると、歌詞の意味が化学反応のようにまったく変化してしまうのである。自らを「弱い女」と言い切って両足をがっしり踏ん張る、この力強さ。このようにイントロからサビまで散々盛り上げた上で、最後は英語の決めフレーズにビシッとフォーカスするという、完璧すぎる構成。筒美京平と橋本淳、プロ中のプロががっちり組んで作る歌謡曲の凄さを思い知った。もちろん聴いてみればよく知った曲だったけど、こんなに凄い曲だったとは、大人になってから真面目に接して初めてわかった。前時代的な「尽くす女」の歌詞をわざとかまして、音楽の力で完全にひっくり返し、少し外国人っぽい発音の欧陽菲菲の強力な歌で木っ端微塵に吹っ飛ばすという離れ業。当時でも十分古くさかっただろう歌詞は、この化学反応の触媒だったのだ。……この曲を聞き知った子供の頃にはまったくわからなかったことが、大人になるとこうやってはっきり見えるのである。そんなことがあったので、この曲は特別。

改めて、残された代表曲が並ぶのを見ると本当に凄すぎて、当ブログごときが筒美京平を取り上げるなんて、という気持ちになってしまうのだが、このヒット曲群が生み出されていなかったら自分の脳内風景はだいぶ違ったものになっていたはず。作曲家ってやっぱり凄いな。偉大なる作曲家、筒美京平氏。安らかにお眠りください。

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