訳詞:Beck「Cyanide Breath Mint」

自分にとって最も大事なベックのアルバムは、最初期の1994年に出た「One Foot In The Grave」である。同年、カート・コバーンの訃報と前後して「Loser」が話題になり、メジャーデビュー盤の「Mellow Gold」が出てきて、ちょうどニルヴァーナの喪失と入れ替わるようにベックに夢中になった。94年には、「Mellow Gold」をはじめ、「Stereopathetic Soulmanure」「One Foot In The Grave」と、それぞれ性格の異なる3枚が立て続けに現れ、いずれも聴きまくった(川崎クラブチッタの初来日公演も観に行った)。96年のメジャー2作目「Odelay」は90年代後半に自分が暮らした風景や空気そのものと言っていいし、2000年の「Midnite Vultures」あたりまで、本当にベックにぞっこんだった。その中でも、自分の内部に一番深く刺さっているベックのアルバムは、当時も今も「One Foot In The Grave」なのだ。ごくシンプルなギター弾き語りか、最小限のバンド編成によるまばらな演奏が全編に展開される、ローファイなフォークブルース調の作品。サンプリングもデジタルな音も使われておらず、いわゆる「ベック的」なものからはかなり離れているのだけど、基本的なシンガーソングライターとしての素質の素晴らしさがあからさまに晒されていて、この作品は逆にどうしようもなくベックなのである。現代、同時代にしっかり両足を置きながらも、自身が真に価値があると信じる古い時代のフォークやブルースと、時空を越えて直接つながろうとする姿勢。古き良き時代の音楽を今の時代にどう再現するか、というレベルの話ではなくて、ミシシッピ・ジョン・ハートと肩を並べて縁側に腰掛けながら、90年代の混沌を生きるということ。ここでベックがやっていたのは、初期のボブ・ディランにかなり近いことだったと思う。


名曲揃いの本作中でも、「Cyanide Breath Mint」はくたびれたギター弾き語りでしかないのに本当に強力。この時期のベックにしか出せない徒労感を深く滲ませた声も、弦がビビりまくるオンボロ感満載のギターの響きも、メロディーの美しさを邪魔するどころか引き立てていて、完璧としか言いようがない。90年代当時、この曲を自分でも歌ってみたくて、歌詞の聴き取りを試みたことがあったのだけど、出だしの一行ぐらいしか分からなかった。次の行、「There’s a blood on …」でもう、何を歌っているのか聞き取れない。発売当時のCDには歌詞が付いていなかったし(2009年に出たExpanded Editionのライナーには、ボーナストラックを含めた全曲の歌詞が載った)、まだネット検索で何でも見つかるような時代ではなかったのだ。後年になって、その血が付いているのが「futon」だったと知ったときは驚いた。英語の歌に日本語由来の「布団」が出てくるとは思いもよらないではないか(ただし床で寝る習慣がないアメリカでは、「フトン」は和式の布団ではなく簡易なソファーベッドを指すらしい)。表面を取り繕ったビジネスライクな嘘臭さに対する皮肉や反発は、当時のベックが繰り返し表現していたテーマである。曲名を訳せば「青酸ブレスミント」になるか。きっと猛毒なのだろう。

絶対にこんなところにいるのは間違ってる
フトンには血が染み付いてるし
炎を飲み込む子供はいるし
海まで行ってみれば
人々が会合をしている
自分ら自身と握手を交わしつつ
自分ら自身を警戒している

クレジット払いを要求されたら
枝でも一本くれてやれ
納得を強いられているのなら
草をかじっていればいい
知ってる、俺は知ってるんだ
君にこう伝えておけと言われたから
言うことは何もない
売るものは何もないと

昼下がりに
身代わりのヤギの背中に乗って
機材を燃やし
腐敗させる
君のジェットを冷まして
スウェットを脱ごう
おかしな気持ちがするよ
奴ら、あの世でもプラスチックが手放せないんだって

泣くことを強制されたら
空まで跳び上がれ
精神が搾取されているのなら
君が飛ばす一羽の鳩のように
知ってる、俺は知ってるんだ
あの「ポジティブ」な連中のことさ
自分たちの時間から逃げながら
フィーリングとやらを捜し求めている

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