訳詞:Bob Dylan「If You See Her, Say Hello」(彼女にあったら、よろしくと)

恋人とのつらい別れから立ち直れない男が、痛切な後悔を吐露しながらどうにかプライドは捨てまいとしている歌。ここまで感情をむき出しにして歌うディランは珍しいと思う。特に「彼女に僕のためのキスを」のくだりの歌い方は、聴いていていたたまれなくなってくるほどだ。難解な表現が多いディランの歌詞で、ここまで難なくストレートに訳せるのもこの曲ぐらいではないだろうか。この曲を収録した1974年の「Blood On The Tracks(血の轍)」について、ディランは自伝的作品であることは否定しつつも、こんな苦痛を歌った作品を楽しめるなんて人たちの気が知れない、という発言をしたようだ。もちろん、自分もこのアルバムをとても楽しんでいる一人であって、こんなつらい曲の訳詞までブログに載せようというのだから、どうかしているのかもしれない。

レコードのライナーにも書いてあったことなのだけど、歌詞に出てくる「タンジール」という地名から、この歌の世界が目の前にぱっと広がってくる感じがする。自分はタンジールのことを元々よく知らなかったけど(モロッコ北部のジブラルタル海峡に面した港町だという)、「タンジール」という響きだけで、その土地にいる別れた相手の女性がどんな雰囲気を身にまとい、どんな生き方をしているのか、想像をかき立てられる。地名ひとつでどこか異国の世界に連れて行かれてしまうのだ。この言葉の使い方、やはりノーベル文学賞は伊達ではない。

彼女に会ったらよろしく伝えてくれ
タンジールにいるはずだから
去年の春先に ここを出て行ったんだ
今はその土地で暮らしていると聞いたよ

彼女に言ってほしい 僕は元気だと
暮らしはちょっと退屈になったけど
彼女のことはもう忘れたと思われているかもな
今でも忘れてないとは 言わないでおいてくれ

仲たがいをしてしまったんだ
恋人同士ならよくあることだろう
彼女が出て行ったあの夜のことを思い出すと
今でも背筋が凍る思いがする

僕らの別れの痛みは
心臓に突き刺さったままだけど
彼女はまだ僕の中で生きている
僕らはずっと一緒なんだ

もし君が彼女と親密な仲になったら
一度でいい 彼女に僕のためのキスをしてくれ
いつだって彼女を尊敬してきた
彼女のすることも 自由な生き方も

ああ、彼女が幸せになるのなら
僕は何も邪魔したりしない
苦い後味はいまだに残っているけれど
彼女を引き留めようとしたあの夜からずっと

たくさんの人たちに会って
その辺をうろうろしていると
行く先々で彼女の噂が聞こえるんだ
あの街でも この街でも

慣れることなんて全然できなかった
ようやく吹っ切れるようになったところさ
僕は神経が細すぎるのか
それとも気が弱くなってしまったのか

日が暮れて黄色い月が昇ると
過去のことが蘇ってくる
どんな場面でもいちいち覚えている
すべてはあっという間に過ぎ去った

もし彼女がここに帰ってくるなら
僕の姿はたやすく見つかるはず
彼女に言ってくれ 僕のもとを訪ねたらいいと
もし彼女にその暇があるのなら

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