訳詞:The Cyrkle「Two Rooms」

ザ・サークル(前に「Turn Down Day」の訳詞を載せたことがある)が1967年にリリースした、名作セカンドアルバム「Neon」に収録されている2分にも満たない短い曲。こういう穏やかな小曲は大好きなのだけど、この曲の歌詞を初めて読んだとき、こんな終わり方ありなのか、とびっくりした。この広い世界で見知らぬ二人が出会えた奇跡を歌った曲ならごまんとあるけど、同じ街に住む二人は出会えず、奇跡も何も起こらず、2つの部屋で二人はそれぞれひとりぼっちのまま、この曲はしゅるしゅるとフェードアウトしてしまうのである。なんだ、それでおしまいなの!という。こうも素っ気なく放り出されると、何なんだろうこれは、と逆にとても気になってしまう。ありきたりのボーイ・ミーツ・ガール式ラブソングに対するアンチテーゼなのか。1967年に出てくるものは本当に何でもありで面白い。

別の見方をすると、この曲の情景はあくまで第三者の視点で語られていて、彼自身、彼女自身の心境については一切出てこない。心の中のことは他者から見てもわからないことが多い。部屋でひとり本を読んで過ごす彼女はそれで十分に充足しているのかもしれないし、「what a shame」なんて他者にジャッジされるいわれはないのだ。ネット時代、他人の生活の細々したことが可視化されるようになって、自分もついつい余計な口を出してしまったことがあったかもしれない。今にして思えばまったくのお節介、大きなお世話だったろう。他者に成り代わることなどできないし、千差万別の人生に世間一般の固定観念を当てはめても仕方がないこと。距離感って本当に難しい。そんなことも思わされつつ、不思議に後を引く余韻を残してあっという間に終わってしまう曲。これを書いたのはドラム担当のマーティで、ヴォーカルも自身が取っている。彼がサークルのために書いた曲はこれ1曲だけのようだ。

薄暗い小さな部屋がある
階段を上がった先にあるその部屋で
ひとりぼっちの男が座っている
彼に恋人はいない
たったひとり ひどい話さ
すべて自分のせいにするしかない
ひとりぼっち 何てひどい
誰も家にいない 誰のせいでもない
何てひどいんだろう

まったく同じような部屋がある
街の向こう側にあるその部屋で
女の子が座って本を読んでいる
彼女のそばには誰もいない
たったひとり ひどい話さ
すべて自分のせいにするしかない
ひとりぼっち 何てひどい
誰も家にいない 誰のせいでもない
何てひどいんだろう

実は二人とも仕事に行くときは
同じバスに毎日乗っている
だけど二人が目を合わせることは決してない
人生とは酷なものですね

タイトルとURLをコピーしました