松村雄策さんの「僕を作った66枚のレコード」を読んだ

松村雄策、亡くなる (渋谷陽一の「社長はつらいよ」)-rockinon.com

松村雄策さんが70歳の若さで亡くなったという知らせを日曜日に見て以来、ずっと松村さんのことを考えている。ぽっかり穴が空いたような気持ちで、自分はこの方にかなり大きな影響を受けていたんだなあと、今さら気付かされてしまった。松村さんの文章を日常的に読んでいたのはずいぶん前のことなので、具体的にどこでどんな影響を受けたのかすぐには思い出せないぐらいだけど、なくしてみて初めて失ったものの大きさに気付く、なんてあまりにも言い古されたことを実感してしまう。90年代前半の数年間、ロッキング・オン誌の熱心な読者だった。そこにたくさん載っていた文章と、渋松対談、そして初期の文章を集めた著書「アビイ・ロードからの裏通り」が、自分のこれまで知っている松村さんのほとんどすべて(音楽活動の方はまだ聴いたことがない)。まさにビートルズという人生を生きた人で、自分の中のビートルズ世界はこの人の言葉と渾然一体になっている。つまり、自分のコア中のコアな部分に奥深く入り込んでいる言葉をたくさん残した方なのだ。ロッキング・オンを通じて松村さんの文章を読むようになる前から、すでに自分はビートルズの音楽を隅々まで聴き尽くしていたけど、音楽を聴いて「感じる」ことはあっても、その音楽を生み出した4人の人間のことを、言葉にして「考える」ことはあまりなかったと思う。その考え方を教えてくれたのが松村さんだった。

訃報に接した日曜日の晩は、是非とも松村さんの書いたものを読んで、自分がどんな文章にどんな影響を受けたのか再確認しつつ偲びたいと思ったのに、書かれたものが手元にまったく残っていないことに気付く。かつては本棚にずらりと並んでいたロッキング・オンはとっくの昔に処分してしまって一冊も残っていないし、「アビイ・ロードからの裏通り」の単行本さえ見当たらないではないか。まさか、引っ越しのときに処分してしまったか。不意を突かれてあたふたして、Amazonで取り急ぎ古本を注文する始末。何だか、中村哲医師のことを訃報で初めて知って、大慌てで自伝を注文したときみたいな間抜けさだ。こんなに早く、あの本が猛烈に読みたくなるときが来るなんて、本当にまったく思っていなかった。今回はちょっと自分が嫌になってしまった。松村さんの書いたものが一つも手元にないなんて、全部捨ててしまったなんて、あんまりじゃないか。

僕を作った66枚のレコード Kindle版

仕方なく、その晩はすぐに読める何かを、と近著の「僕を作った66枚のレコード」を電子書籍で買って読んだ。ロッキング・オンを買わなくなってから、松村さんの新しい文章とは長らくご無沙汰だったので、これも初めて読む。タイトルどおり66枚分のレコード評が載っていて、エルヴィスとビートルズを皮切りに、あのおなじみの調子の文章が並ぶ。一気に読み進めてしまった。ドアーズ、自分はいまひとつ苦手であまり聴かないんだけど、松村さんが熱く語る文章を読むと俄然聴きたくなってしまう。当然のごとくビートルズ関連が多くて、ビートルズのアルバムは7枚も載っている。ソロ作はジョン4枚、ポールとジョージ2枚ずつ、リンゴ1枚。66枚中16枚がビートルズ関連だ。ポールの「Band On The Run」を初めて聴いたとき「Jet」で感激のあまり泣いた、という話は「アビイ・ロードからの裏通り」にも載っていて、よく覚えている。ジョンの作品は「心の壁、愛の橋」が取り上げられていて、この作品は「『ジョンの魂2』なのである」と表現されている。「愛の不毛」は自分も訳詞を当ブログに載せたことがあったけど、ここで松村さんが中間部の「鏡を見た」ところの歌詞に加えた解釈は、自分などには到底思いつかない内容。この人は、ジョンの叫びを目の前で見るかのように浴びることができるのだ。ビートルズとその後の4人と、同時代をともに歩んできた人間にしか見えない世界が、やはり確実にある。ビートルズ時代のジョンについて、「Nowhere Man」を作った時期は「心のひきこもり」時代だったと表現していて、まさに!と思った。「ひきこもり」なんて近年出てきた言葉を使っているところが、同時代の空気を吸いながらビートルズのことを考え続けていたんだなあ、と感じさせる。「心のひきこもり」時代は「For Sale」から始まって「Sgt. Pepper’s」まで続き、ヨーコとの出会いによって終わったという。本当に自分もまったく同じことを思っていたし、もしかするとこの「思っていた」というのも、元をたどれば松村さんがどこかに書いていたものを読んで「なるほど、そうかもしれない」と考えたのが、いつの間にか自分の考えみたいになっただけなんじゃないか、と思えてくる。こんな風に、自分のビートルズ世界は松村さんの言葉と渾然一体なのだ。どれだけ影響を受けているのか計り知れないものがある。ほかの近作も注文したので、どんどん読んで近年の松村さんに追いつきたい。

それにしても、「アビイ・ロードからの裏通り」、本当に自分は処分してしまったんだろうか。間違いなく大切な本だったのに。いつかどこかからひょっこり出てくる気がしてならない。古本も注文してしまったので、もし出てきたら今度は同じ本が2冊あることになるけど、まあいい。とにかくあの本が手元にないことには今後はやっていけないし、この記事も何ともまとまらないまま終わらざるを得ない。「僕を作った66枚のレコード」には、ミュージシャンの死のニュースを聞いて泣いたことが2回ある、と書いてあった。ジョンとジョージだという。2001年、ジョージが亡くなったときにも松村さんは泣いてくれたんだ。これも初めて知った。こうやって当たり前のように松村さんと同時代を生きていたけど、もう帰ってこないのか。何ともいえない。松村雄策さん、本当にありがとうございました。改めて読者になります。どうぞ安らかにお眠りください。

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