松村雄策さんの「僕の樹には誰もいない」を何度か読んで

松村雄策さんの10冊目の著書「僕の樹には誰もいない」が手元に届いてから、もうすぐ1か月になるところ。すでに何度か繰り返し読んでいる。最初にざっと読み終えたところで、いったん感想らしきものを書いたのだけど、しばらく当ブログに載せた後で消してしまった。松村さんの文章は、ざっと一読しても確実に入ってくる、とても読みやすく面白いものであることは間違いないのだけど、さらに時間をかけて繰り返し読めば読むほど心の中に落ちて、味が出てくるもの。自分がかつて愛読してきた「アビイ・ロードからの裏通り」がまさにそうだった。一回「ざっと読んだ」だけで何か書いて公開するのは雑すぎるのではないか、おこがましいのではないか、故人に失礼なのではないか、と色々思ってしまった。そのとき書いた文章を読み返してみても、やはり大した内容ではなかったので、没にして良かったと思う。

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何度か読んだ後も、まだ何か書いたものかどうか迷っていた。何か書いて、ここに載せたいのである。でも、自分なんかが書いてどうする、と思ってしまう。本を読めば全部余すところなく、誰にでもわかるように書いてあるんだもの。しみじみ素晴らしい文章ばかりでした、ここに収めきれなかった原稿を集めた11冊目、12冊目も楽しみに待ってます、以外に何が書けよう。でもまあ、もやもやと思うことを自分はそのままにしてはおけないので、このとおり書き始めている。「僕の樹には誰もいない」は、今年2022年に亡くなった松村さんが、2010年以降の最後の12年間に残した文章を集めた本。これを読むことは、終わりに向けて移ろっていく日々を思い浮かべることである。死について考えずにこの本を読むことはできない。ちょうど自分も今年で50歳になって、両親や親族の大きな手術も相次ぎ、50代に入った途端に人生のモードがそちらの方向にぱちっと切り替わった感じなのだ。2010年の松村さんは59歳で、今の自分のほぼ10年後ということになる。もう完全に、10年後からその先の自分を想像しながら読んでいる。本当にまあ、一体どうなるのやら。

この本での松村さんは、後半の時期になると大きな病気をして身体は確実に弱り、物理的にできないことがどんどん増えたりしている。それでも、精神的には決して老け込んでいなかったことは、文章のリズム感を見れば一目瞭然である。最後の文章で、癌がすでに致命的に広がっていたことが発覚したときにも、ゴー・ジョニー・ゴー!なんて言っている。病室では、ポリポリ、バリバリ、とポッキーやポテトチップスを食べている。死が目の前にやってきても、少なくとも文章の中では衰えを感じさせず、あくまで持ち前のリズムをキープしているのだ。こういうことが、自分の指針になる。自分だって10歳の頃にビートルズの音楽にやられて、ずっとここまで来た。行く先もこうでありたい。


ネットは本と比べて発信者と受け手の距離が近く、発信者の死もダイレクトに伝わってくる。いつも更新を楽しみにしていたサイトがぷっつり更新されなくなれば、どうしたのかな、お元気かな、と心配になるし、実はサイト主が亡くなっていたと知ればショックを受ける。ネットとの付き合いも20年を超えて、サイトやツイートの発信者の死に出くわすことはもう何度となくあった。そのたびに、ものを書く人が亡くなるとは、その人の新しい文章が読めなくなることなのだと、当たり前のことをつくづく思わされる。それまではたくさん書いていたのに、ある日を境にまったく更新が途絶えてしまう。自分だっていつかはそうなる。近ごろは、そんなことを本当に毎日のように思いながら暮らしている。

「僕の樹には誰もいない」では、ポールの新作について松村さんが書いた文章は「Egypt Station」の評が最後になっている。ポールが自分以外のプロデューサーをつけたことに驚き、ショッキングだったと言っている。ポールの老いを感じてしまったと。しかし、その後またポールはコロナ禍のロックダウン下、プロデュースも何もかも一人でこなして「McCartney III」を2020年に作り上げたのだ。2020年の文章もいくつか本書に載っているけど、「McCartney III」に言及したものはなかった。松村さんは当然これを聴いたはずだし、ポールがまた独力でこんな先鋭的な作品を作り上げたことに感激したはずだけど、その言葉を読むことはもうできない。こうやって人が亡くなるということは、新しいアルバムの感想が聞けなくなるということなのだ。やはりそれは寂しい。


でも、自分が心から愛する大切なものの多くは、もう生きた形ではこの世に存在しない。ビートルズだって、自分が生まれた頃にはすでに死んでいた。1973年の松村さんだって、「アビイ・ロードからの裏通り」の冒頭で、ビートルズはもう終わったのだ、死んでいないのならば、殺しなさい、あなたのビートルズを、と言っている。生きた存在だったものが死んで、永遠のものになったところから、すべてが始まる。これもまた真実。自分は今後も、松村さんの本を大切に読み続ける。今のところ古書でしか入手できない既刊書は、どんどん復刻してもらいたい。もちろん、11冊目、12冊目の新作も必ず実現してほしい。どれも、出れば必ず買う。

2003年の著書「ビートルズは眠らない」を読んで、ジョンの「心の壁、愛の橋」について書かれた、元々は日本盤CDライナーノーツのものだったという文章がとても良かったので、持っていなかったそのCDを買ってしまった。実際にアルバムを聴きながら、CD付属のライナーの形で松村さんによる解説を読みたかったのだ。その文章を読んでようやく気が付いたのだけど、3月に訃報に接して真っ先に思った、なくしてみて初めて失ったものの大きさに気付く、ということ、あれは「What You Got」の歌詞そのままではないか。そのとき書いた記事の時点では、この事実にまったく気付いてなかった。自分は万事そうなんだなあ、と思わずにはいられなかった。

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