憧れのギタリスト、ミシシッピ・ジョン・ハート

ミシシッピ・ジョン・ハートは、自分が心から尊敬するギター弾きのひとり。1928年に初録音、1966年没という大昔のブルースマンだが、現代の音楽にも地味ながら確実な影響を残している。ベースとリズムとメロディをフィンガーピッキングで同時に弾くスタイル。正確、緻密、複雑、強力、しかしあくまで田舎のフォークのふくよかな香りがする、本人の言葉を借りれば「鳴るべき音」で鳴っているギター。自分がミシシッピ・ジョン・ハートを知ったきっかけは、90年代半ば、デビュー間もないベックがインタビューで名前を挙げていたことだった。それから20年以上、ギターを持つたびにジョン・ハートの曲を練習している。特にこの曲。


「Make Me a Pallet on the Floor」は今まで何千回と練習してきたけど、こんなに滑らかに強力には演奏できないし、しかも本人は歌いながら弾いているのである。1928年にオーケー・レコーズでレコードを出し、鳴かず飛ばずで終わって以来、故郷のミシシッピ州アヴァロンで小作人として地味に生活していたという彼が「再発見」され、表舞台に躍り出たのは、それから35年後の1963年。その大昔の録音物に興味を持った民族音楽の研究家が、曲に出てくる地名アヴァロンを手掛かりに、当地でひっそりと暮らしていたジョン・ハートをどうにか探し当てることができたのだという。

「再発見」のときすでに70歳を過ぎていたが、ニューポート・フォーク・フェスティバルに出演して一躍注目を浴びたのち、3年後の66年に亡くなるまで現役で演奏活動をこなし、数枚の新録アルバムを残して当時の若手フォークロック世代に影響を与え、その名を後世に残した。おかげで、90年代になってもベックのような新世代に語り継がれて、自分も存在を知ることができたのである。

ベックによる「Stagolee」のカバー。2001年に出たミシシッピ・ジョン・ハートのトリビュート盤「Avalon Blues」でしか聴けない。ほかに、ブルース・コバーン、ベン・ハーパー、ジェフ・マルダー、タジ・マハール、ジョン・ハイアットといった面々によるカバーを収録。

中年から老年になるまで30年以上、音楽家として表立った活動はまったくしていなかったジョン・ハート。それでも、きっとギターは常にかたわらにあって日常的につま弾いていだのだろう。「再発見」されたとき、ギターの腕は1928年にレコードを作ったときからまったく衰えていなかったという。70歳を過ぎて一躍時の人になったことは、人生の終盤に突然与えられたご褒美、というより「おまけ」みたいなもので、長年にわたって人知れず重ねてきた、ギターとの一対一の対話こそが彼の音楽人生のすべてだったはず。誰のためでもなく、ギターの「鳴るべき音」を求めて、ひたすら弾き続けていたに違いない。そんな音楽との付き合い方は自分にとって最高の理想で、とても憧れる。

ギター演奏の複雑さと力強さは恐ろしいほどだが、ジョン・ハートの歌声は、ミシシッピ州の田舎町で小作人として長年暮らしてきた生活感そのままの、穏やかでまっすぐ誠実な人柄が如実に表れている。自分もミシシッピ・ジョン・ハートみたいに、70を過ぎた爺さんになってもギターを常にかたわらに置き、ギターのことを考え続けていたい。すでに自分にとって一番古くて親しい友達はギターなのである。爺さんになる頃には「Make Me a Pallet on the Floor」がもう少し上手く弾けるようになっているといいなと思う。あんな風に歌いながらは無理だろうけど。


ラヴィン・スプーンフルはミシシッピ・ジョン・ハートの「Coffee Blues」に出てくる歌詞の一節からバンド名をいただいている。自分が知ってる彼らの曲の中で一番直接の影響を感じるのが、セカンドアルバムに入っている「It’s Not Time Now」のギター。作曲者の一人に名を連ねているギタリストのザル・ヤノフスキーが、「Make Me a Pallet on the Floor」のフレーズを取り入れたギターをフィンガーピッキングで丁寧に弾いている。下は初めて見るミシシッピ・ジョン・ハートの公式動画。低音弦を弾く右手親指の安定感はまさに時計のようだ。薬指で支えながら弾いてるんだなあ。

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