Most things I worry about never happen anyway

自分は無駄に心配性だと思う。もっと本気で心配すべきことはいくらでもあるはずなのに、日々何かしらつまらない役立たずなことを思い煩って暮らしている。特に不幸な人生を生きてきたとは決して思わないが、あれこれ小さなことで心配や不安を感じる気持ちは子供の頃からずっとつきまとってきた、自分が生来抱えている心の癖である。特に、近い将来に何らかの変化が起きることになっていて、その結果が不確定な場合、とても不安になってしまう。学校に通っていた頃は教室の席替えですら不安で仕方なかった。近日中に席替えが行われるとなると、新しい席順が決まる時までずっと心配で憂鬱な気持ちだった。クラス替えとなるともっと大変で、春休みの間中ずっと暗雲のような不安感にもやもやと支配されてしんどかった。おかげで大人になっても、3月になると原因不明のブルーな気分に支配される癖が付いてしまったほど。

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現在も基本的に変わらない。たとえば、長らくご無沙汰だった知人と会う予定などが近日中にあると、楽しく話せるのだろうか、気詰まりになったりしないだろうか、とその日まで気分がどんより重くなる。実際に会ってしまえば自分はそれなりに楽しい時間を過ごせると頭では分かっているのだが、気持ちはどうしても不安の方向へと流れる。そういう重力が働いているのだ。来週のこと、来年のこと、色々な不確定要素のことを思っては、気が重くなる。こういうことをずらずら書いていると情けなくなってくるが、それでも変化を徹底的に回避して自部屋に引きこもるようなことはなく、海外在住なども経験しながら、無理のない範囲であれこれやっている。十代の頃とは違って、この不安感は心の中だけのことだと一応はわかっている。これは自分が持っている心の癖だと自覚しているだけ、まだましになったのだ。だてに年を取ったわけではない、なんて偉そうに胸を張れるようなことでもないが。


先日も当ブログで紹介したように、トム・ペティの「You Don’t Know How It Feels」のホームデモが最近リリックビデオの形で公開された。映像に出てくる歌詞に改めて接して、この曲がもっと好きになった。「Most things I worry about never happen anyway」という一節が一番自分の心にしみた。心配している事なんて、ほとんど実際に起こりはしない、という言葉が、まさに上に書いた自分の気持ちにフィットしたのだ。上記のようなことを、曲がりなりにも人の目に触れる場所で書こうとは、今まで思っていなかった。こんな下らないことを大っぴらにしたって、たいていの人には笑われるだけだろうから。でも、トム・ペティが肩を叩いて励ましてくれたような気持ちがしたので、書く気になった。ホームデモの演奏自体、トム・ペティが一人でやっているので、よりダイレクトに個から個に訴えるものがあって、とてもしみる。こういう、重力に引っ張られる心に優しく寄り添ってくれる曲がたくさん入っているので、「Wildflowers」は大好きなアルバム。
公開されたばかりの、タイトル曲のホームデモ。演奏も映像もしみじみ素晴らしい。

最近は暑さで身体が疲れていて、仕事中にも1日2回ぐらいデスクに突っ伏して昼寝をしてしまう。さっき、そんな昼寝から目が覚めた途端、シャッフルでかけっぱなしだったBGMから「心配している事なんて、ほとんど実際に起こりはしない」のフレーズが聞こえてきた。この一節のことは前から頭の中にあったので、おお出た、という感じだったが、その曲は「You Don’t Know How It Feels」ではなかった。そうだ、これは本当は同じ「Wildflowers」収録の「Crawling Back To You」の歌詞だったのだ。

I’m so tired of being tired
Sure as night will follow day
Most things I worry about
Never happen anyway

デモの段階では「You Don’t Know How It Feels」に含まれていた上記の歌詞が、どういうわけか正式版では削除され、「Crawling Back To You」にそのまま移し替えられたようだ。どういう都合でそうなったのか分からないけど、デモのままでも全然良かったと思う。むしろこの一節は「俺でいることがどんな気持ちなのか 俺になってみないと分からないよ」という曲にこそ当てはまる気がするのだ。

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