Neil Young「Chevrolet」~ニール・ヤングにサブスクリプションした

ニール・ヤングとクレイジー・ホースの新作アルバム「World Record」の核をなす、15分以上に及ぶ「Chevrolet」。繰り返し聴けば聴くほど良さが増してくる名曲である。長尺ながら最後まで緊張感が途切れず、引き込まれているうちに15分などあっという間。この曲を5分ちょっとに縮めた「Radio Edit」が今週リリースされ、映像も公開されている。


15分が5分になって聴きやすくはなったけど、「もう終わりか、もっと聴きたい!」となってしまう。よたつきながらも力強く駈ける老馬の背中で揺られるようなビートと、歪んだギターの渦にいつまでも巻き込まれていたいのである。シボレー、古き良きアメリカの象徴のようなクラシックカーが主人公で、この曲はその格好良さを歌っているのだけど、もちろんニール・ヤングなので単なる「昔は良かった」ソングではないことは言うまでもない。歌詞を一部だけ訳してみる。

どうやって快適な気分になれるのだろう
またあの燃料をたっぷり燃やして
……
古いコルベットで走る路上で
ニュー・ママは言った 私たちに赤ちゃんができたと
シボレー
間もなく僕らは接触を絶ってしまった
僕らは若くて愚かだった それも今は過去のこと

映像では、燃料のくだりで車にガソリンを給油するシーンが念押しのように差し込まれる。序盤に出てくる白黒映像で道路を走るシボレーのナンバーは「1964」である。環境問題、化石燃料枯渇の問題が表面化する前の60年代当時、燃費の悪い大型車が流行し、排気ガスの厳格な規制も未実施。そんな無策な時代のシボレーの姿と、若く愚かだった自分自身を重ね合わせているように思える曲である。ニール・ヤングが地元カナダでインストバンドの一員として初めてのレコードを出したのは1963年、盟友スティーブン・スティルスに初めて会ったのは1965年のこと。地元で初志に燃えていた1964年のニール・ヤングにとって、シボレーは光り輝く憧れの存在だったに違いない(当時のニールが実際に乗っていたのが、中古の「霊柩車」だったのは有名な話)。現在、環境問題に本気の本気で取り組んでいるニールが、そんな過去の憧れのことを無邪気に歌えるはずはないのである。この曲で延々ぶちかまされる歪んだギターの引きずるような響きには、現状に対する痛恨の思いが込められているような気がして、それでいて曲の中ではときどき吹き抜ける風のような涼しさも感じられて、そういう重層的な複雑さが自分の耳を捉えて放さない。近年のニールとクレイジー・ホースが立て続けにリリースしてきた一連の作品はどれも良いのだけど、この曲はその中でも頭一つ抜きん出ている。


アルバムとしての「World Record」も、2019年の「Colorado」、2021年の「Barn」、そして本作とコンスタントに続いてきたニールとクレイジー・ホースの近作中、ロック作品として一番よくまとまっていると思う。プロデュースにリック・ルービンを立てた効果なのか、サウンドの重心が低くどっしりしていて、緊張感が緩むことなく最後まで落ち着いて聴けるのである。前の記事では、アルバム全編の再生時間が46分なのに、CDで買おうとするとボーナストラックもないのに2枚組になるという、意味のよく分からない売り方に疑問を呈した。価格は日本盤で3300円、輸入盤だと円安のためそれ以上になる(若干値下げされたようだけど、それでも現時点でのAmazon価格は3649円)。結局、自分はその後どうしたかというと、ネット配信で聴いている。といってもYouTubeではない。お金を払って、ニール・ヤングにサブスクリプションした。「Neil Young Archives」である。音楽を聴くだけのプランなら、年額19.99ドルで会員になれる。CDアルバム1枚分ぐらいのお金を払えばニール・ヤングのすべてが1年中聴き放題、音質面でもニール公式だから間違いない。

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上は、サイト組み込みのプレイヤーの画像。アンティークなアナログ機材を模したインターフェイスに「MASTER」「320」のスイッチが付いていて、マスターの方に切り替えるとメーターが右に振り切れ、曲名表示の背景には緑の帯が下からせり上がってくる。「320」の方にすると、メーターの数値が低くなり、曲名の緑帯もしゅるっと下がって極細になってしまう。

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この緑色は帯域幅の広さを表しているようで、320kbpsの圧縮音源とハイレゾではデータの量がこれだけ違う、ということを視覚的にアピールしている。聴覚的にはどれだけ違うかというと……正直、自分のポンコツ耳では圧縮音源とハイレゾの違いがほとんど分からない。とにかくニール・ヤングが認める音質で聴いているぞという、安心感のようなものだけがある。それよりも何よりも、ここに来ればニール・ヤングの全キャリア、すべての音楽に会えるという満足感が大きい。文字どおりニールの全作品の保管庫(アーカイブ)に自由に出入りを許されて、古びた書類棚からいつでも好きな作品を取り出して聴き放題、という感覚である。アルバムごと、曲ごとの詳しいクレジットもきちんと見られるし、歌詞も、その他諸々の情報も細かく整理されている。今年で60年に及ぼうというキャリア全体を整理するのだから、大変な手間が掛かっている。未発表曲、未発表テイク、別ミックスなども随所に挟み込まれ、とてもではないがアーカイブの全貌がまだまだ把握しきれない。今までに自分が見つけたもので一番おおっ、と思ったのは、「Tonight’s The Night」のアウトテイクだった。同名アルバムに入っている2つのバージョンのどちらとも違って、やけに激しいアップテンポで演奏している。「On The Beach」を制作していた時期に録音されたもので、同作のおまけとして入っていて、アーカイブスでしか聴けないようだ。


あと、ソロデビュー作「Neil Young」の「CSGバージョン」なるものも面白かった。アルバムからリンクされている、ニール本人による解説記事を読むと、夢に見た初めてのソロ作ということで相当な苦心の末に制作したレコードなのに、当初はレコード会社によって勝手に音質をいじられたものがリリースされてしまい、改めて修正したものを数か月後に出し直したのだという。「CSG」とは、ステレオのアルバムをモノラルの機器でも再生できるようにする処理で、聴いてみると確かに位相をいじったような不自然な定位の広がりが感じられる。不本意なリリースだったが、現在の正式版との違いを知ってもらうためにアーカイブスで公開しているとのこと。


しかし、自分のような耳の精度が悪いリスナーには、この「CSGバージョン」はけっこう楽しめた。あのアルバムのサウンド、自分には音の分離がくっきりしすぎてちょっとピキピキと耳に刺さるところがあるのだ。CSG処理のせいで音像がぼやけて、なかなか良い塩梅のまろやかさになっている。また、修正版再発に際してニール側が数曲をリミックスしていて、この作業について本人が「もしかすると、やらない方が良かったかもしれない」とコメントしているのが面白い。たしかに、言及されている「Here We Are In The Years」と「What Did You Do To My Life?」に関しては、CSGバージョンではミックスが大きく違う。こうやって、制作側の思いや逡巡が垣間見えるのはとても興味をそそられることで、今までそれほど聴き込んでいなかったこのアルバムが、ぐっと身近に感じられるようにもなった。

上記のように、自分はニール・ヤングのサブスクリプションをかなり楽しんでいる。少なくとも、年額19.99ドルの元はすでに十分に取れた気分でいる。たぶん、来年以降も継続するだろう。ストリーミングだけでなく、ハイレゾのダウンロード音源も会員なら割引価格(ほとんどが半額以下)で購入できるし、充実した内容を考えればかなり良心的な値段だと思う。「World Record」の2枚組CDをモヤモヤしながら買う代わりに、こちらにお金を使って本当に良かった。ニール・ヤングはネット配信や圧縮音源についてたびたび苦言を呈してきたけど、文句を言うだけでなく自らの理想を現実のものとしてファンに良心価格で提供しているのだから、やっぱり凄いのだ、この人は。

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