Nina Simone「Revolution」とジョージ

最近よくSpotifyでニーナ・シモンを聴いている。50年代のジャズピアニスト時代の作品や60年代後半の「ニーナとピアノ」は前からよく聴いていたけど、もう少し後の時期、ソウル/ファンクの色が強い作品にはそれほど親しんでなかった。69年の「To Love Somebody」も最近になって初めて聴いた。ビー・ジーズ、ディラン、レナード・コーエンといったロック/フォーク曲のソウルフルなカバーを集めたアルバム。もう凄い。格好良すぎる。どうして今まで聴いてなかった自分。

この中に「Revolution」が入っていて、もちろんビートルズのカバー、と思いきや、これだけはオリジナルのアンサーソング扱いになっている。たしかに歌詞をよく読むとだいぶ違っていて、原曲の問いかけを受けて変革を呼びかける内容になっている。歌もアレンジも本当に力強い、最高のアンサーである。


このニーナ・シモンの「Revolution」では、コーラス終わりの決めの部分で「Day Tripper」の引用っぽいフレーズの後、さらに「Old Brown Shoe」と同じフレーズのギターが入る。ビートルズの曲に対するアンサーなのだから、別のビートルズ曲を引用するのもごく自然なことだが、実は「Old Brown Shoe」に関してはどうも時期的に微妙なのである。上に貼ったライブバージョン、ニーナ・シモン公式の動画ページには演奏時期が「1968年と思われる」と書いてあるのだ。ビートルズが「Old Brown Shoe」を出したのは69年5月。本当に68年のライブですでにこのフレーズが出ていたとなると、ビートルズの引用ではないということになる。でも、どう考えてもこれは「Old Brown Shoe」のフレーズ以外の何物でもないのだ。

もしかしてもしかすると、逆に69年に「Old Brown Shoe」を制作していたジョージがニーナ・シモンを先に聴いて、印象的なギターフレーズを取り入れた可能性もゼロではないかも、と調べてみたけど、はっきりとはしなかった。ビートルズのアンソロジー3に入っている、ジョージ26歳のお誕生日、69年2月25日に録音されたデモバージョンでは、例のフレーズは入っていない。正式バージョンが録音されたのは69年4月である。ニーナ・シモンの「Revolution」がアルバムとシングル用にレコーディングされた時期も、ほとんど同時らしい。どうなんだろう。ジョージによる「逆引用」でなかったとしても、もしお互い知らないうちに同じフレーズを同時期にたまたま取り入れていたとしたら、それはそれで凄い。

なお、このフレーズ、ニーナ・シモンの「Revolution」ではスライドギターで弾かれていて、いかにもスライドっぽいフレーズなのだが、ジョージはスライドを使っていない。ビートルズ時代のジョージはスライドにほとんど手を付けていなかったのだ。ビートルズ解散後の初ソロ「All Things Must Pass」では、あれだけたくさんスライドの名演を残しているのに。デラニー&ボニーとの活動でスライドギターに目覚めてから、かなり短期集中でマスターしたのだろう。いったん本気になればとことんまで行くのがジョージ。


70年代のニーナ・シモンはジョージの曲を次々とカバーしている。「Here Comes The Sun」は71年のアルバムのタイトル曲になったし、72年の「Emergency Ward」には「My Sweet Lord」と「Isn’t It A Pity」の2曲が収録。そしてジョージの方も、1975年の「Extra Texture」収録の「The Answer’s At The End」では、ニーナ・シモン版の「Isn’t It A Pity」の影響を受けたアレンジを取り入れている。ジョージとニーナ・シモン、個人的な交流があったかどうかはわからないけど、音楽面ではたびたび敬意のこもったやり取りがあったのだ。もしかすると、その発端が「Revolution」~「Old Brown Shoe」のギターフレーズだったのかもしれない。

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