Nirvana「Do Re Mi」

毎年4月になるとニルヴァーナとカート・コバーンのことは思い出すが、なかなか文章にすることができない。19歳の頃に出会って、22歳になるちょっと前、1994年の4月に突然の終幕を迎え、そのまますべてが自分の中では凍結されてしまった。世代的にあまりにもドンピシャすぎて思うところが多すぎ、終わり方とその後のことを考えると脳に新聞紙を詰め込まれたような気分になったりもして、いい感じにはどうやっても書けない。でも、同時代で見てきた者として、このように書く場所がある以上は自分なりに見たこと感じたことを書き残しておくのが、ひとつの義務じゃないかと思っている。もちろん、当時のことは今でもよく覚えている。92年2月、来日公演を観た帰り道にどんなことを思ったのか、克明に思い出せる。うまくは書けないかもしれないが、過去に書いたものなども引っ張り出しつつ、少しずつここに残していきたい。書きづらいからといって、なかったことにはしたくないので。

19歳のときはバンドを始めた頃で、60~70年代英米ロックを中心に、好きな曲をメンバーで持ち寄ってコピーしていた。立ち上げ当初のバンドの大きな指針はレニー・クラヴィッツだった。「Let Love Rule」でデビューした当初の彼はほとんど懐古趣味の色物扱いされていたけど、当時の自分にとってあのサウンドは心から切望していたものだった。スタイルが古かろうと新しかろうと関係なく、最高だと思う音楽を最高のサウンドで表現すればいいのだと、あそこまで堂々と体現した作品に同時代で出会えたのは初めてだった。ただ、バンドでやる音楽にはもっとぐしゃっとした激しいものがほしかった。歪んだギターで音量MAXのものがやりたいという方向性はあったが、70年代スタイルでハードにやるとヘヴィメタル方面に傾きがちになってしまう。かといってパンクやハードコアのバンドになるのも違った。あれも自分とは別の年代、離れた世界のもの。同世代でフォローしたいものは、ひとつもなかった。そんなとき、ニルヴァーナの「Nevermind」がどこからともなく出てきて、まさに天地がひっくり返る衝撃を受けて、90年代の自分たちがどうやったらいいのか、いっぺんに全部わかってしまった。サウンドも佇まいも、すべて。とうとう自分たちの本当の代表が現れたと思った。ニルヴァーナのおかげで、やっと同時代の音楽とがっちりつながることができた。ここから開けたまったく新しい世界で、ダイナソーJr.の「Green Mind」、ティーンエイジ・ファンクラブの「Bandwagonesque」、ピクシーズの「Trompe Le Monde」、このへんに立て続けにガツーンとやられて、自分内でこれまで積み上げてきた音楽世界はいったんぶち壊され、ぐしゃっと踏みつけにされた上で、再び構築された、ように当時は思えた。実際のところ結局どうだったのか、今ではもうよくわからないけど(94年4月に自分の中で凍結されてしまったので)、ここに挙げたバンドの当時の姿勢が、共通してそんな風だったのだ。彼らは過去のいわゆる王道ロックを真っ向から否定して破壊したりはしなかった。どうしようもなく愛しているのだが、いったん踏みつけにしてぐしゃぐしゃにせずには表現できない。そこに自分は強く共鳴した。



91年当時の「Nevermind」日本盤のライナーはBURRN!の平野和祥氏が書いていた。当時まだグランジだのオルタナだのといったカテゴリーは存在せず、これはメタルなのか何なのか、という受け入れられ方をしていた。しかし自分が知っているニルヴァーナ関連の文章で一番良かったのは、この平野氏が書いた「Nevermind」のライナーだった。憂鬱な感情に決着をつけることなくあのジャケのように曖昧に水中を漂っている、という感覚を的確に言い当てていた。憂鬱を憂鬱のまま爆発させる感じ。カート・コバーンの弾くギターコードは独特なものがあって、メジャーとマイナーを決める3度の音を出さずにsus4やadd9にしてるケースがよくあった。どっちにも決めがたいところがあったんじゃないか。そういう曖昧な気持ちは何となく共感できた。メジャーだかマイナーだか分からないコード、いわゆる「ジミヘンコード」もそうだけど、白黒付けずにぐしゃっと爆発する感じ、あれは自分にとってすごく重要。その曖昧なコード感の上に、ポップス全盛の時代に生きた人間の無意識下に染みついている綺麗なメロディーを乗せるのが、ニルヴァーナの音楽だった。憂鬱だが「陰鬱」ではなくて、激しく美しくブルーに漂う音楽。最近になって明確に思うようになったが、自分にとってあの音楽はブルースのひとつの表現だった。ブルースという言葉は誤解を招きやすいのだが、あの太古のスタイルをじかにコピーするのではなく、本質的な有り様、憂鬱さの爆発的表現という面だけをしっかりと引き継いだ、自分の時代、90年代のブルース。

nevermind3.jpg
「Nevermind」裏ジャケより、カート本人が撮った写真とのクレジットがある

あの4月を境に、それまでと全然違った種類の人々がニルヴァーナのもとにわらわらと大挙して集まってきて、死んだ本人が一番嫌っていたはずの「伝説」とかいう空虚な神輿に乗せて、わっしょいわっしょいとどこかに運び去ってしまった。偶像化を拒否すると言っていた当人が「27クラブ」の仲間入りとは、何という皮肉。誰かが言っていたが、恰幅の良いおっさんシンガーになってカントリーソングを歌うようになったって全然いいから、生き延びてほしかった。むしろそんな姿をさらしながら生き続けて、ニルヴァーナ伝説なんて木っ端微塵に破壊してほしかった。どんなスタイルであっても、絶対にいい曲を書き続けていたに違いないのだから。

「Do Re Mi」は、カートの死の直前、1994年3月録音のホームデモ。最後の最後まで、美しく激しい曲作りの才能はまったく衰えていなかったことの動かぬ証拠。デモから完成できなくて残念だったけど、このままでもとても好きな曲。

タイトルとURLをコピーしました