Charlie Watts~Goodbye, Ruby Tuesday

チャーリー・ワッツが亡くなってしまった。本当に、この夏はろくなことがない。80歳。若い頃から落ち着いた年長者然とした佇まいのチャーリーだったけど、自分の父だって来年は80歳だ。ポールもそうだし、リンゴはとっくに80歳。ディランは今年の5月に80歳になったばかり。頼むからみんな長生きしてくれ。自分を形成してくれた星たちがひとつひとつ消えていくのはとても寂しい。亡くなったことを知って最初にかけたのは、60年代ストーンズの編集盤「Flowers」だった。やはり自分はこの頃のストーンズが一番好きだ。


自分が好きなドラマーは、びしばしと正確なリズムを歯切れ良く刻むことよりも、その人にしか語れない言葉を持った音が出せるドラマー。チャーリーはリンゴと並んで、その筆頭みたいな存在。複雑なシンコペーションを効かせたフィルインなど決めなくても、「Ruby Tuesday」のサビに入る前の、だだだだだだだだ、で十分なのだ。ただの16分音符が並んでいるだけだけど、チャーリーが叩かなくては、後に続く「Goodbye, Ruby Tuesday」という歌声があんなに切々と響くことはない。ストーンズに加わる前からずっと、チャーリーの音楽の中心にはジャズがあったということだけど、叩く音の一つ一つにしっかり名前が刻まれているという点では、たしかにジャズなのかもしれない。ストーンズの曲を聴くたびに、チャーリー・ワッツという名前が刻まれた一打一打が耳に届き、もう片方の耳から抜けていくのではなく、中にとどまる。いったい自分の中にはどれだけのチャーリー・ワッツが住んでいるのだろう。

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自分がストーンズの音楽を一番熱心に聴いていた高校生時代、80年代後半の世間で主流を占めていた音楽は自分にとってものすごく息苦しいものだった。ドラムのリズムは、打ち込みでなくても機械のように正確でなければならず、一分の隙も許されない。当時の自分が暮らしていた世界そのものがガチガチにそうだった。そこから逃避するために、60年代のチャーリーやリンゴがドラムを叩く音楽ばかりを聴いていた。ビートルズはともかく、ストーンズの60年代作品はかなりいい加減なものも多く、チャーリーのドラムだって盛大にコケているのにそのままレコードになった曲がいくつかあった。そんなおおらかさに救いを感じて、自分は現代よりこちらの世界で暮らしたいと思った。音楽に浸っていれば実際にそこに住むことができたし、今だってそうしている。音楽を聴けばあの世界でいつだって会える。チャーリーが同じ世界に生きていないのはとても寂しいけど。

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半世紀以上もあのロックの象徴のど真ん中に座っていることは、チャーリーのような人にとってはものすごく大変だったと思う。本当にお疲れ様でした。安らかに。

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