Jeff Beck「Nadia」

7年前の1月10日に亡くなったデヴィッド・ボウイの命日を目前にして記事を書いたばかりだったのに、まったく予期しなかったジェフ・ベックの訃報が。ボウイと同じ1月10日に、78歳で亡くなったという。本当につい最近まで、元気そうに現役で音楽活動をしている様子をネットニュースで当たり前のように眺めていた。年齢を感じさせない存在だっただけに、訃報があまりにも突然すぎてかなりショックを受けてしまった。


ジェフ・ベックのことは当ブログでほとんど書いてこなかったけど、自分は日常的にギターのことをうっすら考えながら生きていて、ベックの演奏ぶりは毎日のように脳内で何とはなしにたどっている。先日だって、外を自転車で走っていたら町の防災無線のスピーカーから「恋はみずいろ」のメロディーが流れてきて、ジェフ・ベック版のことを思い出したばかりだ。ヤードバーズを抜けた直後、ミッキー・モストのプロデュースのもと、ポップス路線でソロデビューした時期のシングル。本意ではなかったに違いないこういう曲でも、ベックは一音たりとも手を抜かない。序盤の渋いクリーンな音色も、ファズをかけたロングトーンで繰り出される2音チョーキングの音程コントロールも、隅々まで見事な演奏である。こんな風に、いつも暮らしの中で当たり前のように思い出している存在が、唐突にこの世からいなくなると、何だか呆然としてしまう。急いでやらねばならない仕事もあったのに、しばらくぼーっとして何も手につかず、参ってしまった。

NMEの訃報記事を読むと、「どの曲でも少なくとも10回はルールを破らなければ、まともな仕事ができたことにならない」という発言を残していたようだ。何と格好いいんだろう。ジェフ・ベックの演奏はこの発言を本当にそのまま実行に移したようなものばかりで、鳴らされる一音一音がギターという楽器の限界を試すかのようにルール破りを繰り返していた。そういう面についてあれこれ書こうとしたけど、もう語り尽くされているし、どうも自分にはうまくいかない。ギターを持てば豪刀一閃であらゆるものを真っ二つ、まるで剣の達人のようなジェフ・ベックだったけど、ヴォーカリストとしてはそこまで才能に恵まれていなかったのは、ファンの間では周知のこと。60年代にヴォーカル曲をいくつか残したものの、ギターと比べれば落差は否めない。ギター演奏一筋のイメージが強いベックだけど、ほんとはもっと歌いたかったんじゃないか、と思わせる節もあった。もし天国というものが本当にあるならば、今ごろジェフ・ベックは神様に美しい声の出る喉をもらって、思う存分に歌いまくっているんじゃないだろうか。そう思わせる歌心があるからこそ、自分はベックのギターが大好きなのだ。2000年の「You Had It Coming」に収録された「Nadia」には、そのあふれる歌心が一番端的に表れている。

初めてこれを聴いたときは、本当に度肝を抜かれてしまった。インド系英国人アーティスト、ニティン・ソウニーの楽曲のカバーで、オリジナルはインド古典声楽に根差したヴォーカル曲。まさに、インドの歌の女神が憑依したかのような演奏である。それでいて、ギターのトーンからはジェフ・ベックその人の「歌声」がくっきりと聞こえてくる。ギターに対する飽くなき探求を何十年も続け、ひたすらルールを破り続けた結果、ジェフ・ベックはギターで「歌う」ことに成功してしまったのだ。しかも、世界一習得が難しいであろうインド古典声楽を。自分にとっては、この演奏こそが究極のジェフ・ベック。ギター弾きの端くれとしては、はるかに遠い彼方にいる憧れの人である。とても書き切れない。ジェフ・ベックのいない世界なんて寂しい。どうぞ安らかに。

「Nadia」のオリジナル。ジェフ・ベック版と聞き比べると、このラーガの微細な節回しを寸分違わず再現したギターに改めて震えてしまう。

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