Phil Spector

フィル・スペクターが亡くなった。獄中で新型コロナに感染したという。 またしても、コロナが偉大な芸術家の命を奪った。近影の目つきなどを見ていると、精神的にはとっくに「あちら側」の人間であることが明らかすぎて、ちょっと直視できないほどだったが、肉体的にもこの世での生を終えてしまった。自分は正直、フィル・スペクターがトレードマークにしていた音世界は苦手。自分が好きなのは、個々のミュージシャンの息づかいが聞こえるような音楽。スペクターが大人数のミュージシャンを使って徹底的にこだわり抜いて構築した、圧倒的な「音の壁」の向こう側にある何だか得体の知れないモヤモヤしたものが恐ろしく、憂鬱な気分をかき立てられるのであまり近寄りたくない。それでも、好き嫌いを超えてあまりにも大きな業績を成し遂げたアーティストだし、何といってもロック界に不滅の金字塔、「All Things Must Pass」をジョージとがっちり組んで作り上げた人物だ。

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ジョージの伝記映画「Living In The Material World」より。やっぱり目つきが怖い

「All Things Must Pass」はフィル・スペクターの協力なしにあのような形では成立しなかっただろうし、2000年盤のライナーノーツでジョージ自身がスペクターに最大級の賛辞を贈っているけど、上に書いたような理由で十代半ばの頃に初めて聴いたときにはひどく憂鬱な気持ちになってしまい、アルバム全体としては自分にとってちょっとトラウマ込みの作品である。自分が一番平静な気持ちで聴けるスペクター作品は、レナード・コーエンの「Death of a Ladies’ Man」(1977年)。音楽家としては晩年に近かったスペクターが描き出す「空虚な壮大さ」が、爛れた作品世界にとてもマッチしていて、むしろこれなら落ち着いて聴けるのだ。


70年代のスペクターは常に銃を持ち歩いていて、「Death of a Ladies’ Man」のレコーディング中にもコーエンが喉に銃を突きつけられる一幕があったらしい。訃報を伝える新聞記事にも「スペクター受刑者死亡」という見出しを掲げたものがあった。実際、殺人犯であり受刑者だけど、わざわざ訃報の見出しに付けなくても、と思う。フィル・スペクターの音楽と死は、ちょうど最近図書館で借りて読んでいた芥川龍之介の「地獄変」の世界と自分の中で重なってしまう。「受刑者」としての肉体はこの世を去ったが、ロニー・スペクターの言う通り、音楽は永遠に残る。

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